2007.9.23 「応用物理学会『博士後のキャリアを考える2』で講演してきました」



北海道工業大学で開催されていた応用物理学会の秋季学術講演会(9月4日〜9月8日)で9月5日におこなわれた人材育成・男女共同参画第9回ミーティング「博士後のキャリアを考える2」で講演をしてきました。

昨年も同じ趣旨のミーティングがおこなわれたとのことでしたが、そのときは司会がピンチヒッターだったこともあってか、櫛の歯が抜け落ちるように会場から人が去っていき、よい結果を残すことができなかったということをうかがっておりました。

しかし、今回は、3人の司会の方々がこの問題に明るく、進行もしっかりとしていたため、途中退場者もなく、会場も席が足らず立ち見もでるという状況で(120人くらい聴講者が来られたようです)、話している側としてもあまり違和感を感じることなく終えることができました。

当日は、私を含めて3人の方と直近で呼ぶことになったのか人材派遣会社の方1名がパネリストとして来ておりました。

会は、応用物理学会の会長の挨拶のあと、司会より、これまでの応用物理学会の人材育成・男女共同参画ミーティングの歴史を振り返り、女性研究者支援やポスドク問題に対してそれなりに政府として対策がなされてきているが、それに先立ってこの会で問題提起ができてきたことには意味があったのではないかということが述べられ、その後、3人のパネリストがそれぞれに準備してきたことを話しました。

科学技術政策研究所の三浦さん、私、富士通研究所の高橋さんという順番で話をしました。

三浦さんは、最近の科学技術政策研究所で行われた二本の調査結果「大学・公的研究機関におけるポストドクター等の雇用状況調査」と近日公開予定の「ポスドク進路動向調査」からお話をされておりました。雇用動向調査からは、ポスドクの高齢化がどうも進んでいるらしいということを述べておられました。また、進路動向調査については、ポスドクの後にはポスドクになっている割合が高そうだということを述べられていたように思います。

私は、今年の3月におこなったキャリア意識調査の結果とその考察について話をしました。詳しくは、「化学」10月号に書いているのですが、内容は大学院施策を最近の大学審議会・中央教育審議会の答申から振り返り、社会のさまざまな方面で活躍できる能力と意志をもった高学歴人材の輩出が志向されているということを述べた上で、アンケート結果について触れました。アカデミックへの就職をした人も企業に就職をした人もだいたいアカデミックを志向する環境にいる点では相違はないが、企業に就職した人の場合は、就職を考える上で大学以外の人たちにも相談をしている場合が多いようである。また、就職に関しては指導教員にも多くの場合相談をしているが、それが役に立ったと答えている人は少ないという点にも触れました。そこから、一つには、指導教員なり、学科なりとして学生をどのように育成していきたいのかイメージが乏しいのではなかろうかということと、大学院教育において周辺地域や産業界との連携を通して相互理解を促進していくことが必要なのではなかろうかということを述べました。

高橋さんは、ご自身の歩んでこられた経験を語られておりました。私学の博士課程を修了後、同じ大学の助手を経て公的研究機関のポスドクを経験して現在は企業の研究所に所属しておられるのですが、そのときどきの経験は自分にとってよい経験になったということを述べておられました。

その後、パネルディスカッションになったのですが、あまり議論というものがなされることなく終わってしまいました。ただ最後に、若い研究者の方が質問されていたことは、最近の博士課程のあり方に関する議論に対して疑問を提示するもので、それを基にしてさらに議論が深められたらよかったのになと思いました。その方が質問されていたことは3点です。@博士課程修了者には適応力が足りないと言われており、彼等の就職を斡旋する人材派遣会社においてはお辞儀の練習までさせるところがあるようであるが(それを博士は適応力がないことの証として得意げに報道する新聞社もあるようですが)、適応力は必要なのか?A博士課程において「役に立つこと」や実際的なスキルを教えるべきではないかという議論があるが、それがすぎると博士課程が専門学校化してしまうのではないか?B博士課程修了者のキャリアパスは多様化するべきだといわれているが、それは正しい方策なのか?ということを聞かれておりました。

それに対して、高橋さんと私が答えたのですが、高橋さんが何を言われていたのか忘れてしまいましたが、私は個々の疑問に対して次のように意見を述べました。

@の適応力に関しては、私自身の会社に入ってからの経験を例にして、少なくても私にはそういった意味での適応力はないと述べて、新しいものを生み出すためには、構成員の個々の相違を認めることが必要であり、そういう意味では企業なり社会のほうに多様な個性を受け入れる「適応力」をつけることが求められているのではないかといいました。

Aの専門学校化に関しては、役に立つことなり、スキルというものは、物事を成し遂げるための手段であり、それよりも大学院で学ぶべきなのは自分が現在・今後、何をなしていくべきかについて考えるための視野や思考などを養い、実際に考えていくべきことなのではないかと述べました。

Bの多様化については、学生やポスドクが自分の進みたい進路を歩むのは、本人たちの好きにさせたらいいのではないかと述べました。ただ、彼等を受け入れている大学や公的機関が、無条件に多様化を奨励するのはおかしいと述べました。理由として、彼等を受け入れたり何がしかの教育を与える側としては、学生やポスドクに対してどうあってほしいのかという期待する姿がないとそもそも教育として成り立たないのではないか、また、政府としては彼等に奨学金などを渡したり教育プログラムに助成したりする側として、当然彼等に対して何がしか社会に対しての還元を期待しているはずで、それなりに期待される将来像というのをもつべきではなかろうかということを述べました。

最後に、司会の方が締めくくられたのですが、その方がおっしゃるには向こう10年間は変化はないかもしれないが、この10年の間に大量の教員の退職があり、現在若手と呼ばれる人たちが行動できるようになってくる。その際に自分たちが適切に行動できるように今からどうするべきなのかを考えておかなければいけないのではないかという趣旨のことを述べられていたように思います。

会が終わってから、新聞記者の方から取材を受けました。パネルディスカッションの折に私が話したことについての確認が多かったのですが、「このような会を学会が開くことには意味があると思いますか?」という質問に対してはどうなのかなと一瞬思いました。そのときには、このような会を開き、多くの参加者と一箇所に集まって議論と雰囲気を共有するということは、参加者個々人がそれぞれの組織に帰ったときにそれを話題にすることにもつながり何か議題なり考えを敷衍させるという点で意味があるのではないかと述べました。ただ、それはよい方向に向かうこともあるだろうし、悪い方向に向かう可能性もあるだろうなと思いました。

以前、聞いた話では、よいパネルディスカッションをおこなうための条件というものがあるそうです。なんでも事前準備の中でパネルディスカッションで取り上げる論点をなるべくしぼるということが重要だということのようです。そのためには当然ながら運営者の方々でまずは何を取り上げるべきかということについての議論を尽くすことがまずは必要になってくるだろうと思います。その上で、取り上げる論点が決まったら、そのような議論ができそうなパネラーに依頼をするということが必要だとのことです(もちろんパネラーには話したいことを自由に話してもらいます)。

今回の場合は、議題の絞込みが甘かったのかもしれないなとは感じました。今回の会の目的がしっかりとしておれば、熱意だけはいっぱいあるというべきなのかとりあえずしゃべりたいだけという非生産的な方々に時間を使わせることなく、よいディスカッションができたのではないかと思いました。

私としては、今回の会に参加して、博士課程のあり方やポスドク問題に対して深い問題意識をもって取り組まれている方々と知り合うことができたのは得がたいことでした。なかなか日常の中でこのようなことを議論する機会が少ないので、おかしいことを言っていないかどうかということをチェックし合える相手が得られるということはとてもうれしいです。今後もよい議題を提示できるようにがんばっていこうと思います。




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