2007.9.2 「『博士の生き方』5年目に入って考えていること」



これまで、この一年の感想とこれから一年どうしていこうかということをだいたい5月頃に書いていたのですが、どうも考えが煮詰まらなかったり、その時期に原稿を書いていたりして、会社の仕事以外のところでそちらに意識を集中させていただので、このような時期になってしまいました。

このホームページに関連した活動に関して、設立当初からこれまでは、データ収集に取り組んだりはしておりましたが、その背景に関しては手前勝手な解釈や議論をしていたと感じており、今、自分が昔に書いたものを読み直してみると「痛い」ことを言っているなと感じる記事にぶつかることもままあります。もっとも、それも自分が歩んできた跡だと考えて、そのような記事も削除せずに残していこうとは思っています。

おととしの終わりに北関東から、関西圏?の地方都市に転勤してきたのですが、それをきっかけにして、これまでいろいろとなんか違うなと思うことは多々ありましたので、これまでの人付き合いの見直しや(人材サービス関係の会社をきったのはその一環ですが)、ホームページ関係の活動にどのように取り組んでいったらいいのかをゆっくりと考え直そうと思いました。

私はこのサイトの運営やそれに関係した活動は、基本的に自分一人でおこなっているのですが、仕事をもっている関係上、こちらに割ける私自身の労力と時間はおのずと限られており、一人でやっているために、投入できるマンパワーはほぼなく、組織的に何がしかのことをおこなうことはできない現状にあります(もっとも組織を立ち上げて何かをしようという意志は現在ではもっていないのですが)。

それでは、自分がやれることは何かと考えると、博士号取得者のキャリアパスという問題に関して生産的な議論ができるきっかけを作っていくことではないかと思うようになりました。

私自身もよく犯す間違いですし、ポスドク問題や大学院関係の問題に関していうと他所のブログのコメント欄やシンポジムにおけるパネリストなどもよく犯している間違いで一般的にそういうものなのかもしれませんが、新しい問題に対処するときに「自分自身のこれまでの経験というフィルターで解釈し、課題への解決を考える」ということがあります。私自身、このホームページに関しても仕事に関しても、あとで自分のしでかしたことを後悔することはしばしばあります。

日本において、博士号取得者のキャリアパスという問題は新しい問題だと考えていいと思うのですが、そのような問題に対して例えば人材派遣会社の人間が自分自身の仕事体験のみから現れている事象を解釈し解決策を考えたり、大学の先生が自分自身の教育経験や自分の同僚の経験のみから解釈をするということでは、それがたとえ善意から現れたものであったとしても物事をよい方向にもっていくことはできないのではなかろうかと考えております。

そのため、この1年半くらい前から少しずつやりはじめたことは(遅い感じはしますが)、@まずは博士号取得者のキャリアパスというよりは大学院問題ということに関してこれまでどのような議論・解釈がなされてきたのか、A大学院というのは何を期待されているのか、B大学院は社会との間でどのような関係性をもっているのか、といったことに関して学習をはじめました。ここから何を論点にするべきなのかが見えてくる面もあるのではなかろうかと感じております。

その途中経過として、今年の3月にアンケートをホームページ上で読者の方々にアンケートに協力していただき、日本化学会で報告をさせていただきました。また、その内容を検討したものを月刊化学(化学同人)の2007年10月号(9月中旬発売予定)に掲載させていただくこともできました。

現在は、仕事の傍ら、国立教育政策研究所の「理系高学歴者のキャリア形成に関する実証的研究」に関らせていただいております。そこで実施する予定のメインのアンケートがあるのですが、それとは別に少し予備調査的なことをやらせてほしいなと思ったりもしております。また、今週から北海道で開催される応用物理学会の中で9月5日に開催される「博士後のキャリアを考える2」というパネルディスカッションでパネラーとして参加する予定にしております。今後、「研究計画」→「調査」→「報告」→「フィードバック」という感じでうまく議論の深化と広まりを目指していくことはできないだろうかと考えております。

社会に目を向けると博士号取得者のキャリアに関する課題や大学院改革に関連する話題については、採択された拠点の実施している内容についてはほとんど知らないのですが、文部科学省においては、これまで「魅力ある大学院教育イニシアティブ」が実施され、また今年度から大学院教育改革支援プログラムがはじまるそうです。また、必ずしも教育を目的としたものではないのですが、かつての21世紀COEプログラムや、今回のグローバルCOEプログラムに関しても教育に関する話題に触れております。

また、産業界においても、日本経済団体連合会から理工系博士課程に関する提言「イノベーション創出を担う理工系博士の育成と活用を目指して」が出され、それに基づいて、日本化学会において「博士セミナー」が実施されるなど、何がしかの取組みをしていこうという動きがでてきております。

私自身は割りとよい考えの施策が実施されていると思いますし、社会をよい方向に発展させるために、高学歴者をどのように育成して社会に送りだしていこうかと考えたい人たちが増えてきているように感じ、それをとても好ましいことであると考えております。

ただ、そこでもやはりこれまでの経験に基づく自分の熱い「思い」が強過ぎるというのは(多くの人はもちろん善意で取り組んでいることなのだと信じておりますが)、あまりいいことではないのではないかとは感じております。

昨年度から文科省によって各大学・研究機関に委託されている「科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業」というものがあるのですが、多くの機関は担当者が果敢に問題に取り組もうとしているように見えますが、迷走をしているように見えます。

この前までは、私は割りと大学や研究機関がキャリアセミナーを開いたり、人材紹介会社と組んで就職斡旋をすることには否定的だったのですが、最近はそれはそれで別にあってもいいのかなとは思い始めております。もちろん、現状ではキャリアセミナーを開いても、人材紹介会社を仲介させても参加者や相談者は増えないとは思うのですが、それらの取組みが教育機関なり、研究機関なりとして、どのように社会とかかわり、人材を輩出していくのかというポリシーの一部を体現するものであり、機関内で実施されているさまざまな教育・研究活動とうまく連携をとるための枠組みが構築される方向を与えるものであればよいのではないかと考えています。留意してほしいのは、キャリアセミナーに多くの人が参加したとか、キャリアコンサルタントが頑張って多くの就職実績を挙げたということが必ずしもその事業の成功を意味するものではないのではないかということです。

考えがまとまっておらず申し訳ないのですが、キャリアパス事業の担当者は自分のできる範囲が限られているので、いくらがんばってもつらいだけなのではないかとは感じております。キャリアパス事業の概要を見たり話を聞いたりして感じることなのですが、キャリアパス事業自体は大学としてどのように人材を輩出していこうかという方針とは関係なく(方針自体がない場合もあるでしょうが)、運営をまかされた部署が自分たちができること、やりたいことをやっていこうという考えでやっているように感じます。また、ポスドクの雇用者がさまざまで(JST、NEDO、学術振興会、大学などなど)、研究資金が出ているファンドの運営目的がさまざまな中で、それらに関っているポスドクを一括りで扱うのはどうなのだろうかとも感じます。各ファンドごとに、雇用されているポスドクの任期が切れたときに、どのようなルートに行ってくれることが望ましいのかという絵を描き、研究者や一緒に働くポスドクを指導していくことも必要なのではないかとも感じます(もちろんファンドの目的にあった志向をもっているポスドクを雇うということも必要でしょう)。

本来であれば多様な方向性をもった人たちが入り乱れている大学や研究機関の中で、例えばキャリアパス問題に関してであれば、機関としてどのような方向性をもち、関連する団体や機関と連携をとっていくのか、その中でキャリアパス事業には何を担わせるのかということに関しては、大学なり研究機関の経営を担う方々が考え、枠組みを構築し、支援をしていかなくはならない問題だろうと思っております。基本的に全体的な方針が得られない中で多くの方は自分で考えて仕事を作り出してがんばってしまいます。なんといいますか、少し視点を変えて、何がその事業にとっての成功なのかを考えなおすことも必要なのではないかなとは感じております。

また、博士号取得者のキャリアパスの多様化ということが言われて数年が経ちますが、このときの「多様化」というのはどのように考えたらいいのだろうかということもしばしば思うことがあります。

支援を受ける側の博士課程の学生やポスドクに関しては、キャリアパスの多様化というのは文字通りの意味であり、社会倫理に反しておらず、自分にできることであればなんでも自分の望む仕事についてもいいという意味と捉えていいのだろうと思います。しかし、大学なり公的機関が博士課程の学生やポスドクのキャリアパスの多様化に取り組むという場合には、どう捉えたらいいのだろうかと考え込んでしまいます。例えば、大学の指導教員が博士課程の学生に対して、修了後はどんな道を選んでもいいんだよということは正しいことなのだろうかと考えています。学生を教育したり、ポスドクを研究に関らせる場合には、修了後なり任期満了後なりの進路というものはあまり広い範囲で考えては焦点がぼけるのではないかと思います。例えば大学においては各専攻において修了者のキャリアパスというのはある程度クリアに設定する必要があるとは思うのですが(ここで学んだ人にはこういった進路を歩んで欲しいというような)、そこでの教育が想定していないものを学生が志向する場合には、学生が個人で学ぶか、大学で対処してもおかしくないものであれば大学内で選択できる共通講義のようなものを準備しておくのも悪くはないのかなとは感じております。なんにしても、教える立場の人間が、無責任にアカデミックに行くことを勧めるのもおかしいと感じておりますし、逆に何でも好きにしたらいいというのもおかしいと感じております。

会社での仕事も幸い今はうまくいっていると思っているので、そちらの方での発展も考えつつ、「博士の生き方」の方もしっかりと運営をしていきたいと考えております。今年度もどうぞよろしくお願いいたします。




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