このごろ、過去20年分くらいの大学審議会とその後を引き継いだ中央教育審議会の大学部会の大学院博士課程に関しての事項が含まれる答申を整理しておりました。「答申」というのは、文部大臣(文部科学大臣)が重要な事項について「有識者」によって構成される審議会に「諮問」した内容を調査検討した報告のようなもので、その中で提言されたものは実際に何らかの形で実施されることが多いです(現場レベルにまで浸透するかどうかはケースバイケースのように思われますが・・・)。
大学院関係の答申を読んでいると、大学院の量的緩和が行われる平成3年ごろまでは概ね大学関係者への信頼が伺えるような内容となっているのですが、その後、平成8年ごろから大学関係者への不信が募っていき、最新の答申ではかなり押し付けがましい内容にまで発展してきているように思います。このような大学院が信頼を失っていく流れを見ていると感慨深いものを感ぜずにはおれません。
はじめに、昭和63年から平成17年までの各答申についてざっと振り返ってみたいと思います。
社会の多様化複雑化の中で、大学院が自己責任に基づいて、学問分野の特性に合わせて柔軟に教育研究を推進できるように大学院制度をより柔軟なものにするとともに、大学院博士課程の目的として、大学における研究者の養成だけではなくて、多方面で活躍できる高度な能力と豊かな学識をもった人材を養成することも掲げた。
具体的な方策(博士課程に関連する事項のみ記す):
博士課程においては、大学等の研究者の養成だけではなく、多様な方面でも活躍できる能力と学識をもった人材の養成も目的とする。
研究者としての早期教育の実施を可能とした。修士課程を出ていない社会人の博士課程への入学も可能とした。
博士課程においては講義などの授業科目を課しているところもあるが、基本的には各大学院のカリキュラムの関係で大学院の裁量にゆだねることにする。
この答申においては、各大学が学部に依拠しない独立大学院を設けることができること、大学院の整備と拡充の企図などが盛り込まれていた。
学術研究の進展や急速な技術革新、社会経済の高度化・複雑化、国際化、情報化などの変化に伴い大学院の担う役割は多様化してきているという認識のもと、人材育成に関しては優れた研究者の養成だけではなく、高度な専門知識、能力をもった職業人の養成と再教育が期待されている。しかし、大学院の制度面・設備面でそれを担うには十分とは言えず、財政支援も含めてそれらの養生が必要という認識。
具体的な方策(博士課程に関連する事項のみ記す):
近年の学術研究の動向や社会経済の変化に伴って、大学院の基礎研究を中心とした学術研究の推進と研究者および専門的知識・能力をもった人材の養成が求められている。これまでの傾向から10年で約2倍に入学者が増えているが、諸外国と比べて質的な面でも量的な面でも十分とはいえない。今後の増員に対応していくための体制整備が必要という認識。
具体的な方策(博士課程に関連する事項のみ記す):
大学院の必要性として(1)学術研究の高度化と優れた研究者養成機能の強化、(2)高度専門職業人の養成機能・社会人の再教育機能の強化、(3)教育研究を通じた国際貢献が挙げられる。しかし、現状の問題点として、
という指摘がある。
問題への対応策(博士課程のあり方に関係するもののみ)
平成10年10月に出された「21世紀の大学像と今後の改革方策について」(答申)基づいて、大学院の入学者選抜のあり方も大学院の多様なニーズに沿って改めていく必要があるだろうという認識があった。また、学生が若いうちにできるだけ異なる機関やテーマで研究をおこなうことが重要だという認識があり、学生の自由な進路選択が確保されるようにすることが重要であるという意識。
平成13年4月に文部科学大臣より、「今後の高等教育改革の推進方策について」の諮問を受け、平成17年1月に「我が国の高等教育の将来像」答申が出されている。知識基盤社会への移行のための大学院の基盤強化のためにこれまで量的な整備に重点が行われてきたが、今後、質的な面として大学院における人材育成機能の強化と世界トップレベルの競争力を有する教育研究拠点の形成を進めていき、修士・博士課程における教育の組織的展開の強化(大学院教育の実質化)を図っていくことが重要である。
大学院担う役割として、@創造性豊かな優れた研究・開発能力を持つ研究者の養成、A高度な専門的知識・能力を持つ高度専門職業人の養成、B確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成、C知識基盤社会を多様に支える高度で知的な素養のある人材の養成が挙げられる。
これまでにも、さまざまな制度改革等を通じて大学院教育の充実を図ってきたが、課程制大学院制度の考え方が浸透したとはいえず、この趣旨に沿った教育がなされているとはいえない。
各大学院が専攻ごとにどのような人材を養成しようとしているのか、学則、研究科規則において具体的に明らかにするとともに、その内容を積極的に社会に公表することを義務づける。同時に関係する教員が養成しようとする人材像について意識を共有する。
大学院の量的な構成に関しては、各大学の責任において、検討判断すべき事柄である。
産業界においては、大学院教育に対するニーズを示すこと、年齢などに係らず、実力を備えた人物を適性に評価して登用すること。
(1)コースワークの充実・強化
特に博士課程においては、5年間の体系的な教育課程を編成し、コースワーク、論文作成指導、学位論文審査等の各段階が有機的案つながりをもって博士の学位授与に導いていく教育のプロセス管理が重要。
主専攻・副専攻、ジョイントディグリー(一定期間において、複数の学位が取得できる制度)などの導入の検討
(2)円滑な博士の学位授与の促進
学位授与に関する教員の意識改革の促進、学生を学位授与に導く教育のプロセスを明確化する。
(3)教員の教育・研究指導能力の向上のための方策
それぞれの大学院教育の現場における教育研究の特色、創造性等阻害されることのないように留意しつつ、各大学院における課程の目的・教育内容・方法についての組織的な研究研修がなされることが必要。
学生に対する授業における学修目標の明示、学位論文作成や審査のプロセス、課程の年間計画等の明示の必要性
教育活動に関してのなんらかの評価点検をおこない、人事面にも反映させていく。
(1)社会のニーズと大学院教育のマッチング
博士課程修了者に関して、産業界から「専門分野以外の幅広い知識や経験」「独創的な発想力」などが必ずしも期待通りではないという指摘がある。これは産業界側にも人材育成に関して自前主義で対応してきて問題点があるが、大学院側にも社会のニーズに沿った教育をおこなってこなかった問題があった。
大学院と産業界が共同で人材養成目標を定め、共同で教育プログラムを実施したり、長期のインターンシップを実施することが望まれる。
(2)大学院修了者の進路の多様化
学生、大学、産業界が博士課程修了者は大学の研究者になるのは当然という意識を改める必要がある。
博士課程修了者の多様な進路を開拓するために、各大学においては、社会のニーズに沿った教育をおこなうとともに、キャリアパス形成に関する指導や研究市場への積極的なアピールに取組む必要がある。
(1)学生に対する修学上の支援および流動性の拡大のための方策
特別研究員事業、TA、RAとして活用できる競争的研究資金を拡充を進める。
学生が、異なる研究経歴を持つ教員から多様な視点で指導を受けたり、多様な経歴をもつ学生の中で切磋琢磨することは重要であるため、学生の流動化が必要。そのための大学院入学後に補完的なプログラムを提供することも必要である。
そのため、国は大学院における今後5年程度の体系的かつ集中的な取組み計画を策定し、それに基づいた施策展開に努めていくことが適当である。
平成3年に出された「大学院の整備充実について」「大学院の量的拡大について」においては、大学院がよく機能していないのは、設備面や制度面のせいであり、それさえしっかりすれば、きっと大学院の研究レベルもあがるし、大学院修了者のレベルも今以上に上がるという期待があったように思えます。そして、留意事項がいくらかはあるものの、大学院での教育の取組みに関しては各大学院におまかせするということになっており、現在から過去を振り返るとなんだかんだといっても大学教員に対しての一定の信頼があったのだろうということが読み取れます。
しかし、答申ではないのですが、平成8年に出された「大学院の教育研究の質的向上に関する審議のまとめ」においては、大学院の整備をしてきたのにも係らず、各教員の怠慢によって大学院における教育がうまく機能していないのではないか?という懸念が表明されます。
この平成8年の報告からこれまでの徒弟制的な従来のあり方からの修正として「コースワーク」的なものなど導入についての言及が現れたり、主専攻・副専攻といった言葉が出てくるなど、アメリカ的な大学を志向する考えが出てきており、課程制博士課程の意義について考えて欲しいというニュアンスが伝わってまいります。
また、特に博士課程レベルにおける社会とのミスマッチについても懸念が具体的なものに変ってきております。
それから約10年がたって出された答申「新時代の大学院教育」においては、大学院が変化していないという憤りとともに、この報告からさらに具体的となりかつ少し大学院をいわゆる大学院教育を実質的なもの(専攻などで組織的に教育に取り組む)に変えていくためになんらかの強制力もしくはインセンティブを持たせようという考え方が現れてきます。
これは、平成18年3月30日に出された大学院教育振興施策要項となり、期限を設けて大学院における「実質化」の取組みを推進していくとともに、それらの取組みの成果を公開していき、取組み状況を衆人環視のもとに置こうということになりました。
また、「大学院教育の実質化」に向けた取組みのインセンティブとして大学院教育改革プログラムという形で魅力的な大学院教育のプログラムに対してそれを実施するための費用を補助しようという試みもなされるに至っております(ただ、報告書は見栄えよく作れるものなので、実際に効果が上がったかは修了者の成長を長い目で追っていく必要があるだろうと思います)。
私自身は、最新の答申に具体例として記されているコースワークの例が仮になされたとして実効力をもちうるものなのかどうかはアメリカの制度だから問題がないだろうという観点で勧めるのではなくて、検証されることが必要だろうと思います。ただ、平成8年の報告や平成17年の答申で述べられているように大学院における教育がうまく機能していなかった件については、なんらかの組織的な対策がなされる必要があると感じております。
平成3年の答申の量的整備において、社会の需給バランスを鑑みて研究科の再編などをおこなうべしとなっております。人材養成という観点から個人的には明らかにそんなに博士課程に学生を入学させてどうするつもりなのだろうという分野もあり、英断をもって縮小を行えばいいと思うのですが、そういうわけにはいかないのでしょうか?
多様なキャリアパス促進ということが言われておりますが、そのニュアンスとして私自身は、だいたい同じ研究フィールドにおいて大学に残るか企業に移るか、ベンチャーでも起こすかという程度の相違が大学教員にとっても学生にとっても許容できる範囲ではないかと考えております。今後、恐らく専攻の教育目標を定めてそれに基づいて教育をおこなうことが求められるようになりそうですが、そうなると、産業がありえない分野においては「後継者の養成」ということを掲げるしかなくなるのではないかと思います。博士課程において「問題解決能力」がつくとか言われており、実際そうなのだろうと思いますが、それまでに積み上げてきたものをまったく捨てて新しい分野に移るということがあるのであれば、それは本人にとっても損失は大きいですし、社会にとっても損失が大きいことが多いのではないかと思います。
財政縮小の中で教職員数が増えないどころか減少している状況下で大学の先生方は辛い状況にあると思うのですが、よりよい方向にもっていってもらえることを祈念しております。
次回につづきます。