2006.5.13 「『博士の生き方』、4年目に入るにあたって」



このサイトは私がD3のときに無料のレンタルサーバーのサービスを利用してはじめたものだったのですが、先週、5月5日に開設3周年を迎えました。また、私自身は大学院を出て会社人間になって、2年が経過しました。

私が大学院にいた頃から、文部科学省の人材委員会などでは、博士課程の今後のあり方やその後のキャリアパスに関しても話し合いがもたれていたみたいですが、昨年度あたりから、「博士」「ポスドク」にまつわる問題について随分と新聞・雑誌での露出が多くなったなという印象を受けております。

博士課程やポスドクについて取り上げられることに関しては、とりあえず問題が存在しているらしいということが認識されるという点においてはよいことかと思っています。ただ、問題の取り上げられ方をみていると、文科省の委員会などで話し合われているストーリーを記者たちが真に受けて、それに沿うような形で話を作っており、問題の一部の側面だけ強調されるような形になっている気がします。そしてそれを文科省が取り上げて・・・・となり、結局、文科省と新聞との間でおかしな方向に話が増幅されていっているようにも感じます。

では、何が今問題なのかと問われると、私自身は個別に問題を把握しているわけではなく、もろもろの施策に違和感を感じていただけだけでした。ただ、友人から指摘されてなるほどなと思ったのは、施策を実行する側が自分たちの都合を押し付けているということです。

一例を挙げると、昨年度、とある省の地方局が大学発ベンチャーと博士課程の学生やポスドクとのマッチングセミナーをおこなったのですが、実際の参加者数が当初の見込み参加者数の数分の1と、大幅に割り込むことになったそうです。確かに、優秀な人が、大学発ベンチャーなどのこれから?の会社に入ってくれることは、地域の発展のためにはなるのかもしれません。ただ、大学発ベンチャーなどの中小零細企業に、本当に事業をひっぱっていってくれるような優秀な人が来てくれるのかというと、そのような人を呼び込めるほどの待遇や環境、事業の方向性を示すところは少ないのではないかと思います。大学発ベンチャーに来てくれたらいいなと思うのは自由ですが、対象としていたポスドクや博士課程の学生が大学発ベンチャーに魅力を感じることができるのかどうかそれを考えないのでは、やはり取り組みとしては間違いなのかなと感じております。

また、今年度からはじまった文科省のポスドク支援の委託事業の取り組みを見ていて懸念に思った点は、人材派遣会社が大学・研究機関へいかにして食い込もうかと虎視眈々と機会をうかがっていることです。これは、安い賃金と不安定な身分で働いてくれる優秀な労働力を労働市場で調達するのが難しくなってきたということと、より大きな利益が見込める専門職の人材派遣に事業領域を広げていきたいという派遣会社の思惑があるようです。そして、そのような優秀な労働力になる見込みのある人間をこれから労働市場に入ってくる学生やポスドクなどから調達したいということのようです。

私が派遣会社各社に言いたいことは身の程をわきまえてほしいということです。これは別に悪い意味で言っているわけではなく、多分、彼等の事業の性格から、ポスドクなどの専門性の高い人材は派遣スタッフになっても幸せにはなれないと感じるからです。専門職の中でも研究職・開発職というものは、きわめて特殊性の高いものであり、仮に企業に入った場合においても、ある程度のバックグランドを持っている場合でもそれなりに長い期間での育成が必要なのです。そして、それは組織が個々の特徴を持ち続けるためには必要なことであると思うのです。そのため、研究や開発に携わる人間は、長期的な雇用を前提としたものがふさわしいと思のです。

ただ、専門職でも、すでに人材の流動化が前提となっている職業(医療分野など)やある程度仕事がルーチン化できるものであれば、派遣でも待遇によっては対応が可能なのかもしれません。また、昨今の労働市場の活況で、あまった人材が少なくなってきたということは、よい方向への影響も出ており、大手の人材派遣会社の中には、自ら派遣するための人材の育成に乗り出すところも出てきており、そのような取り組みが個々の派遣スタッフのキャリアの形成になんらかの形でよい影響を与えられたらとも思っております。

今後も、博士課程やポスドク問題をめぐって、いろいろな人たちの思惑が絡んでくるとは思うのですが、その中で、自分のいまや将来にとってもっとも望ましいものは何かという視点は皆様にも持っておいていただきたいなと思う次第です。

さて、このホームページの活動に関してですが、まずは対外的な活動については、昨年度から「ポスドク」や「博士」が取り上げられたことによって、私のほうにも、何件か取材の申し込みが来たこともあり、実際に話をしたこともあります。記事になったことはないのですが、なんといいますか、取材を受けるというのはなんとももどかしいものだなと感じました(相手もどのような記事を書きたいのかある程度流れを作って聞きにきているようなので)。また、昨年度は一昨年前のように寄稿をする機会がなく、2件の講演をするのみにとどまっております。

一昨年度は、「博士の生き方」というホームページの取り組みを紹介することが中心で、学生やポスドクの方々に話すということはなかったのですが、昨年度の講演は、学生を対象としたもので、「博士の生き方」の紹介というよりは、自分自身で感じている社会の状況や自分自身のつたない経験について話すことが中心となりました。

ホームページ自体の活動については、従来からおこなっていた「博士のための職業紹介」に加えて、昨年度から「『博士の生き方』座談会」という一種のオフ会をおこなうようになりました。昨年度は3回実施したのですが、当初は、いろいろなキャリアに進んだ博士課程の人生の先輩たちを講師にお招きして人生経験を語ってもらおうということを意図しておりました。ただ、せっかく多くの人が集まってくれるので、もう少しディスカッションをおこないたいなと思いもあり、そのような方向性を現在模索しているところでもあります。「『博士の生き方』座談会」の活動に関しては、このサイトの「イベント報告」にそれぞれの回での概略を示しておりますので、興味のある方は見てくださったらなと思います。

また、一昨年度より取り組んでおりました「博士のための職業紹介」ですが、モニターの募集を打ち切ることにしております。原因としては、私自身の問題と提携していた人材紹介会社の問題、そして、「博士の職業紹介」の相談者側のニーズに関しての問題があります。提携していた人材紹介会社の問題点としては、私が紹介した人の就職先探しに奔走してくれるところもあったのですが、いかんせん、営業力が弱く、私や相談者を満足させてくれる案件に遭遇することがなかったということです。相談者の多くは、新卒の場合は新卒向けの求人サイトやJSTのサイト、教官の紹介で就職先を探してくるということが中心でしたし、ポスドクの方の場合は、私の方で提携外のもっと待遇のよい求人も扱っている大手の人材紹介会社の存在を知らせてそちらを通して就職活動をしてもらうということをしておりました。

私自身の問題としては、人材紹介会社だけにまかせることなく、もう少し人材紹介会社の営業支援のようなこともできたらよかったのですが、なかなかそこまで手がまわることもなく、相談者の方の不安を取り除いたり、履歴書などをよりよいものにしようと相談にのったりすることが中心となったことです。また、人材紹介会社の方々がもってくる案件は、中小零細企業のものが中心であり、それらの知名度・待遇面から相談者の多くが不安を抱くのですが、私自身もそのような会社に入りたいと思わないところもあって行かないほうがよいとしか言ったことがないような気がします。実は人材紹介会社の営業活動をある意味では邪魔をしていたのではないかと思う面もあるにはあります。

また、「博士の職業紹介」のニーズ面に関しては、近いうちに就職先を確保したい方々ばかりではなく、できれば自分自身で就職活動をしたいという特に博士課程の学生からの要望が多く、また、私自身も、特に博士新卒に関しては、新卒として就職活動をした方がよい案件にめぐり合える可能性が高いと感じておりましたので、彼等の要望にこたえることにしておりました。また、実際に就職活動をする前の就職相談というよりは人生相談的なものもしばしばあったように思います。具体的なやり取りはメールが中心で相談者の方から相談事が持ちかけられるたびにそれに対して回答をするという形式だったのですが、最終的に就職先が決まってから感謝のメールを送ってくださる方もいらして、私の回答が相談者の方々に対して役に立つことがあったのなら、うれしいことだと思いました。

このような事情があって、「博士のための職業紹介」では、職業紹介ということに関しては、個別に対応するよりは、なるべく多くの求人案件をもつ人材紹介会社と組むなどして就職セミナーのようなものを行ったほうが具体的に求人情報に触れることもできるし、よい求人案件にめぐり合える可能性も高いので、よいのかなと思うにいたりました。そこで今年の3月18日に「博士の生き方読者のための就職セミナー」を都内の人材紹介会社と共催いたしました。このセミナーを通した就職例というのは5月13日現在、出てはいないですが、出てくれることを願っているところでもあります。うまくいくようなら今後も就職セミナーを続けていきたいと考えております。

「博士の職業紹介」に関しての、この2年近くにおける実績は次のとおりです(2004年7月〜2006年5月)。

問い合わせ登録就職・内定
ライフサイエンス1054
化学644
環境111
材料400
情報332
数学220
物理554
人文科学322
社会科学211
合計362318

表1:分野別の問い合わせ・登録・就職の状況(2006年5月13日までの累計)


ここで、「問い合わせ」は、「博士の職業紹介」になんらかの問い合わせをしてくださった方の累計、「登録」は、問い合わせをしてくださった方の中で実際に、履歴書や研究概要などに対してアドバイスを求めてこられた方の累計、そして「就職・内定」は、就職先が決まったと連絡を下さった方々のうち、正社員としてかもしくはPD・助手として採用された方々の人数です。

次に問い合わせ時点での相談者の方々の状況について示します。

D2以下D3,D4PD,OD,その他合計
人数11131236

表2:問い合わせ時点での相談者の状況(2006年5月13日までの累計)


ここで、その他の中には、非常勤講師、派遣社員を含んでおります。また、新卒博士の場合は、卒業年度の前年度からの問い合わせが多かったように思います。

次に問い合わせ者の地域別の累計を記します。

問い合わせ人数
北海道0
東北1
関東11
北陸1
中部6
近畿13
中国・四国2
九州2
合計36

表3:問い合わせ者の地域別の累計(2006年5月13日までの累計)


ここで、「博士のための職業紹介」という仕組みは一旦終了致しますが、引き続き就職相談には個別にのっていきたいと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。

また、会社の方では、昨年度に始めての異動を経験いたしました。そして、北関東から関西圏に戻ってきております。

昨年度の雑感の2周年を迎えるにあたってを読むと、会社人生においては前途洋洋という雰囲気が感じられるのですが、その後のことが当時は予想できてはおりませんでした。アメリカの会社では、新しく人を雇う場合、配属グループの全員と面接して全員一致して一緒に働きたいと思わないと採用されないという会社があると聞いたことがありますが、そういったことは大事なのだと改めて感じた次第です。時間が経過するにしたがって、どんどんと精神が腐っていくのがわかっていたのですが、そのような私に最後まで期待をかけて叱咤してくれていた上司には申し訳ない気持ちでいっぱいです。

関西の今の職場に来てまだ半年もたっていないのですが、元気だった頃の自分を取り戻せるような感じがしております。今のところ、職場の雰囲気も住んでいる町の雰囲気も私に合っているような気がしています。

実は、昨年度は、一時期、このサイトの法人化を考えていたことがありました。ただ、法人化をしてその中にいろいろな人たちの思惑を組み入れるということは、まだ時期尚早なのかなという考えをもつにいたり、今後も個人的にサイトの運営をしていきたいと考えております。といいますのは、このサイトを設立したときに考えていた、博士の就職を支援するということは、ミッションの一つとしては大切なことだとは思うのですが、なんのために、博士の就職を支援するのかといったことや、博士の就職を支援するにしても、もろもろの要因(大学における教育の問題、企業側の問題、国の科学技術政策上の問題)から、かならずしも単純に就職するということがハッピーにつながるわけではないということを感じたためです。

今後の世の中のあり方については、「知識」があるかないかということが個々人の人生において重要になってくると思うのですが、人々が知識を獲得していくためには、また知識がある人たちが幸せになるためには、社会がどのような状態になればよく、そのためには今、何が問題でそれをどのように解決していったらよいのかということをまずは考えないといけないと考えております。今年度に関しては、サイトの更新をしたり、就職相談にのったり、「『博士の生き方』座談会」を開催しつつ、まずは問題点の洗い出しをしていけたらと考えております。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。




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