第3章:大学院生キョウコのすごい研究活動



大学院博士後期課程2年のキョウコは原子力発電の社会受容性についてのフィールドワークをおこなっている。キョウコは、博士後期課程から、大阪大学に移ってきた。元々は原子炉物理を研究していたのだが、原子力の発展で問題になっているのは技術的なことではなく、社会的・政治的なことであり、純粋に技術を追い求めるだけではなくて、原子力の社会性からアプローチしたくなったのだ。このとき、たまたま、大阪大学に遺伝子治療、遺伝子組み換え食品などの先端技術の社会受容性についてなかなか面白い報告をしているグループがあり、そのグループの代表者を頼って大阪大学に移ってきた。

キョウコが大阪大学に移って驚いたことはたくさんあるのだが、もっとも驚いたことは、医学、歯学、薬学などの専門職を養成する大学院以外には特に研究科や専攻が存在していないということであった。また、研究室という単位もない。その代わり、一人の教官もしくは複数の教官によって構成される研究プロジェクトが学内に2000近く存在している。教官は、一つの研究プロジェクトのみに参加している場合もあるし、複数の研究プロジェクトに参加している場合もある。各研究プロジェクトには、複数のポスドク、大学院修士課程の学生が参加しており、プロジェクトに沿った中で、自分のオリジナルティーを出していくことを求められている。しかし、大学院博士課程の学生およびフェローシップ型を選択したポスドクには、ミニプロジェクトを起こすことが求められている。これは、研究の企画の段階から立ち上げさせることで、大学院修了後にすぐに自立した研究者としてやっていけるようにするための施策である。

大阪大学の博士後期課程に入学しようと考えているものは、選考委員会に研究計画を提出して、採択を受けなければならない。5人選ばないといけない選考委員は、入学を希望する学生の側で選ぶことができる。一般的に入学を希望するものは、自分がやりたいと思っている研究テーマと近い研究プロジェクトの教官にコンタクトをとって、研究テーマをより具体的にしていくとともに、選考委員の選択についても、さまざまに助言をうけるようである。その後、選考委員会を通過したら、その学生のミニプロジェクトに対して主担当の教官と副担当の教官が選ばれる。主担当、副担当は昔の研究室の指導教官とは異なり、研究活動に関しての助言者に徹することが求められており、学生の学位取得に対して責任を持つものではない。

学生は基本的には主担当や副担当に研究を相談しつつ、学内外のさまざまな研究者の後援や助言を受けながら、自力で自分のミニプロジェクトを進めていかなければならない。ミニプロジェクトを進めていくにあたっては、学内の施設を自由に使用することができるし、研究プロジェクトで所有している実験装置もプロジェクトの許可を得て使用することができる。また、学生に対して年間100万円〜300万円程度の研究予算を与えられる。この予算の範囲内で、装置を買ったり、資料を買ったり、学会参加やフィールドワークのための交通費を工面したりできる。

キョウコは当初、研究室に所属しないということに違和感を感じたが、いまではそれはそれでなかなか快適であると感じているし、積極的にたくさんの研究者と交流を図る努力もできるようになったと考えている。また、研究予算をつけてもらえるというのもとてもありがたかった。去年は、この4年でなし崩し的に使用が進められてきたMOX燃料に関してのフィールド調査をおこなうことができたし、その成果を論文にまとめることもできそうである。今年度は、初年度の100万円の研究予算を、250万円に増額してもらい、さらに親しくしている教官から大学院修士課程の学生2人の面倒も頼まれた。大阪大学では博士課程の規定の年限は3年と定められているが、この調子でいけば来年までになかなかまとまった成果があげられそうである。

キョウコは、普段の研究活動の他に、大阪大学が学外の人間に対して開講している教養講座の講師もこなしている。人文科学、社会科学、自然科学の教官・大学院生が、大阪大学の豊中、吹田キャンパスおよび梅田のサテライトキャンパスで大学の研究成果を社会に還元すること、および一般人の教養を高めるために開講している。キョウコは、背景知識の無い人たちに自分の研究成果についてわかりやすく話せるようになることで、より研究テーマを深化させることができるし、彼らからダイレクトに反応を知ることも今後の研究の進め方を考える上で重要であると考えている。

キョウコは、講義の終わったあとに、主婦であったり、老人であったり、高校生であったりとさまざまな背景をもった受講生たちと喫茶店でお茶を飲みながら、あれこれと世間話をするのが好きである。また、開講中の講座については、大阪大学のホームページ上で講座ごとに掲示板が用意されており、講義の内容やオフ会の予定などについて、受講生同士、受講生と講師の間であれこれとやりとりができるようになっている。キョウコの講座は受講生同士も仲がよく、講義のこと以外にも、あれこれとやり取りがなされており、研究の合間にキョウコも書き込みをしている。

医学系、理工系の教官、院生の場合は、対象をより絞った専門講座を学外者向けに開講している。専門講座の方は、会員制になっており、受講を希望する人は講座の受講料の他に年会費を納めなければならない。年会費を納めた人は、専門講座の掲示板にも書き込みをすることができるようになる。専門講座の掲示板にはさまざまな技術的な課題についての問い合わせやそれに対して受講生同士で解決しあったり、教官や大学院生が回答をよこしたりもしている。掲示板上では解決できない課題に対しては、教官や大学院生がコンサルタント契約をして課題の解決あたったりもしているという。この専門講座の取り組みによって、教官、受講生の双方でさまざまにインスピレーションを刺激されるとのことである。

キョウコは、学位の取得までに何本かの投稿論文を執筆することが可能なように見えるが、投稿論文の執筆は必ずしも学位取得に関しての必要要件とはなっていない。学位取得に必要なことは、研究テーマを自分で設定する力があるかどうか、どのように研究を遂行してきたか、それによってどのような結論を出すことができたかということが見られる。学位を取得するにあたっても、学位審査委員会が開かれる。学位審査委員会の委員も、審査をしてもらう学生が選ぶ。基本的にその学生のことをよく知っている教官が選ばれるが、委員に選ばれた教官たちは、数年にわたって、当該の学生と接してきて抱いた感じや、学生の研究テーマや研究結果をなるべく客観的に判断して、学位を出すかどうかの決定を下す。

大阪大学で博士課程を取得した学生は、教官たちから半分自立した立場と予算が与えられるという大きな自己責任の下で、研究能力を大きく伸ばせるらしく、国内外を問わず、多くの教育機関、研究機関、民間企業からの誘いを受ける。キョウコの場合も例外ではなく、政府機関や電力会社からの学位取得後の採用のオファーを受けている。キョウコは、自分の出身大学の博士課程を出ていたら、こんな風に多くのオファーを受けることは絶対できなかっただろうと考えて、大阪大学で研究していることを誇りに思っている。




第2章にもどる
第4章にすすむ