第2章:新入生トキオのすごい大学生活



夏休みが終わりに近づき、大学1年生のトキオは次のセメスターで、どの科目を履修しようか、シラバスを見ながら思いを馳せていた。もともとナノテクに興味のあったトキオは、夏休みにインターンシップでナノ金型ベンチャーの社長の傍でその仕事ぶりを見てきて、少し経営のことにも興味がわいたので、経営に関する科目も履修しようと考えている。でも、どの科目を履修するのがもっとも合理的なのか少しわからないので、進路カウンセラーに相談することにした。

大阪大学では、2006年の改革によって、学部・学科がなくなり、文理の区別無く、一括して学生を入学させるようになった。学生は、数十の基礎科目と、数百の発展科目の中から所定の単位を履修しないといけない。基礎科目としては、理工系に進もうとするものの場合なら、例えば微分方程式、ベクトル解析、線形代数、数値解析、物理化学、量子力学、電磁気学、物理実験、化学実験などの今後、より発展的な内容に進んでいくときに、なるべく円滑に取り組んでいけるようにするためのものが準備されている。基礎科目に関しては、演習を通して体で理解するまで、徹底的な取り組みがなされる。発展科目は学生たちをさまざまな研究領域へ導くためのものと位置づけられている。ある研究分野について、理屈を学ぶとともに、その研究分野の歴史的な流れや現在、どのようなところに興味が移っていっているのかなどを解説していく。これらの膨大な科目の中から、自分の受講したい科目を選んでいく。大学には常時数十人の進路カウンセラーが待機しており、履修以外にもインターンシップの斡旋、就職に関する相談、人生相談などにも対応してくれる。また、履修科目を決めるときのセメスターの境目では、臨時に研修を受けた大学の教官が進路カウンセラーとして、全学生の履修相談に乗る。学生たちは進路カウンセラーとの会話を通じて、自分の方向性を固めていき、その方向性に沿った科目を履修していく。

トキオは、進路カウンセラーとの相談の結果、基礎科目として、電磁気学、光学、数値解析、製図をとることにした。また、発展科目では、ナノ関係の科目として「近接場光の科学」、「イオンビーム工学」などを受講することにし、経営に関してはまずは経営史をとってみることをカウンセラーから勧められたので、そのようにしようと考えている。経営史の講義は、イギリスの産業革命からはじまって、アメリカのビックビジネスの成り立ち、戦前から戦後、そしてオイルショックを経ての日本の経営の質的な変遷を追っていき、最終的に現在はどのような時代になりつつあるのかということを見ていく講義である。講義の中では、自由研究もおこなうことになっており、興味のある経営者を一人取り上げてそれについて掘り下げていき、最後は発表会をおこなうことになっている。  トキオは、経営史の講義にとてもつよく興味をもったので、それを履修しようと考えているが、基礎科目の履修のこととあわせて一応、自分の「エルダー」に相談することにした。

「エルダー」というのは、学部生を指導する大学院生のことである。「エルダー」一人にで、だいたい4人〜5人程度の学部生の勉学面、生活面での面倒をみることになっている。大学院生は「エルダー」をすることによって月に7万円程度の報酬を得ており、時には基礎科目の演習についていけない学生の補習につきあったり、生活が乱れがちな学部生がいれば、その生活を正すために努力をしたりということが求められている。また、大学院生であるということで、大学院での研究がどのように行われているのかを学部生たちにわかってもらい、将来に対して具体的なビジョンをもってもらうようにするのも一つの役割となっている。

トキオから履修について相談を受けたエルダーは、博士課程を目指す土木系の修士2年である。トキオの履修している基礎科目が少し多いからついていけるかどうかを危惧していたが、トキオのやる気を見て、できる限りの支援をしてくれることを約束してくれた。また、経営史の講義についても、エルダーがかつて指導をした学部生の中に、その講義をとったことのある人間がいるとのことで、早速、話が聞けるように手配をしてくれた。

エルダーが会わせてくれた学部生は、「経営史」の授業をその後の技術経営についての講義を受講するきっかけにもなったとても面白い講義だったと語り、トキオもすっかりやる気になり、「経営史」の講義を受講することに決めた。

そして10月になり新しいセメスターがはじまった。創造活動の方が夏休み中の仕込が終わって、かなり忙しくなりつつあったため、出だしから、トキオは授業や演習についていくのに苦しむことになった。

創造活動というのは、学生に対して社会との接点を積極的にもってもらうことを目的として行われているもので、5人〜10人程度で一つのグループを作って活動している。この活動には単位が付与されることになっており、学生は通常の講義と平行して創造活動に参加しないといけない。この創造活動がサークルやクラブ活動と異なるのは、一つのグループに対して年間最大で100万円の活動予算がつく事、活動期間が、1年から4年程度と期限を決めるものであり、社会的な成果が出ない場合、もくしは学生にとっての教育的な効果が薄いと判断された場合は、解散させられるということ、活動の内容が、サークルのようにグループ内で自己完結するものではなくて社会活動となんらかのつながりをもったものであるということ、そして、グループの運営については、緊密に指導役の教官と打ち合わせをすることが求められていることである。

代表的なグループを挙げると、ある研究プロジェクトで得られた成果を商品化するために東大阪の町工場と共同して研究に取り組んでいるグループや、大阪の名所・旧跡を巡るツアーを企画しているグループ、大学生を対象としたマーケティングを請け負っているグループや、独居老人の訪問をして話し相手になるグループなど、いろいろなグループが存在している。

新しいグループを立ち上げるのは簡単であり、年二回の申請期間がある。そのときに企画の新規性、教育的に妥当かどうか、予算的に可能かどうかが担当教官の委員会で諮られる。問題なしと判断されると、そのグループのやろうとしていることに適当と思われる教官が選ばれ、指導役としてそのグループの面倒を見ることになる。

このようにして学生たちの自主性にまかせていたところ、2015年現在で、1000近くのグループが活発に活動するようになっている。さらに、創造活動の枠を飛び出して、会社組織やNPOに衣替えをしたグループもこの9年の間に150にも達している。

このような創造活動の中でトキオが1セメスターのときから所属しているのは、職業高校で導入されているデュアルシステムによる職業訓練の効果の検証作業を地元の商工会議所・職業高校と共同でおこなうというグループである。講義が終わったあとには、グループ内や商工会議所の担当者との打ち合わせに行ったり、デュアルシステムを使って高校生を受け入れている工場や事務所に出入りしてインタビューなどをおこなっている。トキオたちの調査レポートを下にして高校や商工会議所は来年度の計画を練るので、12月の終わりまでに調査結果を提出して欲しいと言われている。そのため10月に入ってからトキオもあちこちを走り回ったり、レポートをまとめるのにあわただしく動き回っていた。

そんなとき、トキオは、基礎科目の電磁気学の小テストでさんざんな点をとってしまった。さすがに真っ青になってしまったが、いまは創造活動のグループのレポートを仕上げるのが先決であり、しばらくはそのことを忘れることにした。

小テストを返してもらった夜、トキオが下宿に帰って、創造活動でのレポート作りにあくせくとしていたら、トキオのエルダーが訪ねてきた。実験室にこもっていたところを出てきてくれたらしい。なんでも、トキオの電磁気学の教官より小テストの点数の件で注意を受けたとのことで、これからトキオと対策を考えたいとのことであった。エルダーはトキオが現在どんな生活をしているのかを聞き、グループ活動にかかりきりになっていることをたしなめた。そして朝、2時間早く起きて、基礎科目の学習をすることを決めた。エルダーも朝トキオがしっかり起きられるように、電話を毎朝かけると約束した。

エルダーの協力もあって、なんとか基礎科目の講義にもついていけるようになった。また、グループ活動のレポートも商工会議所と高校に提出をすることができた。

そして期末試験も無事に終わり、トキオの大学生活一年目が終わろうとしていた。トキオは来年度は自分自身でも創造活動でグループを起こしてみようかと考えている。今年は職業高校のデュアルシステムについて調べてきたが、その過程で、さまざまな生徒や中小企業の経営者や従業員に会ってきた。トキオは彼らと話していて、彼らこそが日本の生産を支える源泉であると感じるに至った。そして、そのような場所に人材を供給する職業高校の重要性も認識した。トキオは、現在所属しているグループと共同する形で、職業高校と教材の開発や教育プログラムの開発に取り組むグループを作れないかと考えている。この春休みの間にグループの賛同者と一緒にアイデアをつめていきたいと考えている。

トキオが履修していた「経営史」の講義、最後に一人経営者について調べて、それの結果を発表しろということだったのだが、トキオは、オプティカルデバイスの加工をやっている会社の社長を取り上げることにした。その会社は、プラスチックの射出成型によってマイクロレンズを量産している会社であった。会社の変遷や、その社長の出している著書はかたっぱしから読み、最終的には社長自身にインタビューをすることができ、経営に対しての考えたに大いに感銘を受けた。春休みにはその社長の下で1ヶ月間のインターンシップをやらせてもらえることになっており、いまからわくわくしている。




第1章にもどる
第3章にすすむ