2004.2.2 「発明の対価200億円」



先週は、日立と日亜化学の特許訴訟の判決が(1月29日、30日と)続けてでていました。どちらも、発明の対価がいくらになるのかということが争点であったようです。日立の方は東京高裁で、発明対価として発明者である原告に1億6300万円を支払うことを日立に命じる判決が出ました。この金額もすごいものだと思ったのですが、翌日に、東京地裁で出された日亜化学と中村さんの間で争われていた青色発光ダイオードの特許の対価に対する訴訟の判決の日亜化学に求められた200億円の支払命令には驚かされました。

中村さんと日亜化学の間の訴訟では、中村さんの特許を所有することで、日亜化学の得る利益はどの程度か、そしてその特許の発明に対しての中村さんの貢献度はどのくらいかということが問題となっていたようです。日亜化学の得る利益を推定する上で、中村さんの特許が、日亜化学の青色LED,LDに関するさまざまな特許がベースとしている基本となる特許であるのかどうかが問題となりました。

日亜化学は、中村さんの特許が、現在の日亜化学の青色LEDには使われていないものだと主張していたようです。しかし、判決では、日亜化学の主張は、文言の違いをたてにとるような屁理屈にすぎないとして退けられ、日亜化学が現在製造している製品を構成する特許は、中村さんの特許をベースにして、その改良をしているものであるとしております。そして、日亜化学は、その基本特許の使用権を独り占めすることによって、競合他社の追随を許さない独占的な利益を上げているとしています。ネットのニュースで知った後で、日亜化学のホームページを見たのですが、97年の売上高400億円が、02年の売上が、1100億円にも達しており、青色関係で、急激な成長を遂げたということが伝わってまいりました。新聞によると、03年(日亜化学は12月が決算のようです)の売上げは1800億円、02年の申告所得が465億円だとのことです。ちなみに青色LED発明当時の売上高は、200億円程度だったそうです。この10年程度の間に、一躍、超優良企業となったようです。

中村さんの特許の発明に対しての貢献度は、日亜化学は一定の投資リスクは犯しているが、研究面においてなんらの蓄積もない環境下で、独力で、世界が待望していた実用に耐えうる青色LEDの発明に結びつけたことは、稀有な例であるとして、貢献度を50%と認定しています。このあたりの数字は裁量で決めているのか、何か算出方法があるのかはよくはわかりません。そして、結果として、中村さんが主張していた200億円の対価がそのまま通る形で認められることとなりました。しかし、日亜化学は、これを不服として、上告するつもりのようです。裁判はまだまだ続きそうです。

200億円が高いか安いかということだと、中村さんの発明を契機として、10年の間に急成長を遂げた上に、特許を囲い込むことによって(青色LEDは、他の色のよりも高いですしね)、巨額の利益を上げていることを考えればそれほど高い買い物でもないのではないかと思っています。

企業が、新しい技術を獲得する方法は、二種類あるみたいです。一つは、自社の研究者に研究させたり、共同研究をしたりして技術を自前で開拓していく方法、そしてもう一つが、特許を買ってきたり、自社の特許とクロスライセンスしたり、もしくは、特許や生産設備、研究者もろとも会社を買収するという方法です。前者の方法は、投資が報われるかどうかわからない点でリスクがあります。後者は、ある程度結果が得られているものを買ってくるわけですから、多少は値が張るかもしれないけれど、手堅く稼ぐことができます。後者の場合だと会社を買うとなるとやはり数10億円とか数100億円という金が動くようです。こういうことを考えたら、まあ、200億円くらいなら安いものではないかと思います。

この裁判は、現在、企業で研究者をやっている人、これから企業で研究者になろうという人たちについて、将来の生き方を考える上でのきっかけにできたらよいのではないかと考えます。巨額な報酬が得られるようになれば、研究に対してよりやりがいがでてくる研究者というのはより魅力が大きい職業となるかもしれません。しかし、そのようになるためには、前提があると思います。今回の裁判の判決でも、技術者にはおおむね好評だったのですが、経営者の大半は、とんでもないことになったと考えているようでしたし、現状では、研究者に対して巨額の報酬が払われる時代がくるのは遠い道のりのようです。研究者というと、どうも自分の周辺の狭いテリトリーが守れたらいいというような狭い考えをもっているように感じてしまいます。しかし、これからはもっと、経営に興味(ゴシップ的なことではなくて)を持つ人が増えて、会社の中で経営にかかわっていったり、もしくは、独立して会社を起こしたり、投資家になったりという人がたくさん現れることを願います。研究者・技術者出身者で、お金を自由にできる立場の人が増えなければなかなか研究者が報われる環境をつくるというのは難しいように感じます。研究にともなうもろもろのことというのは頭で理解できるものではなく、実際に携わってみないとどのような投資が必要なのか、何に投資をしたらいいのか、どのようなサポートが必要なのかということが適切に理解はできないと思うのです。また、将来研究に対して正当に報いようという環境が整備されたとき、企業で研究にかかわる人たちには、これまで以上に、研究成果を出すことに対して、研究成果の社会還元に対しての責任が求められるようになるではないでしょうか?

中村さんの裁判の判決を知って、こんなことを考えてみました。



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