2003.10.26 「博士の値段」



先週、大学の事務から私の元に分厚い封筒が届きました。赤で「重要書類在中・至急開封すること」と印字されていました。なんだろうかと慌ててあけてみると、そこには日本育英会の奨学金の返還手続きのための書類が入っていました。今年度卒業予定なのでわかりきったことではあったのですが、私の返済額を改めて見てしまうとかなり欝になります。大学院博士課程だけで借金が、428万4000円になります。ちょっとした高級車が買えてしまいます。で、これを月賦方式で月17850円返済で240回払いです。20年払い続けることに気持ちが落ち込んでしまいます。これにあと、私の場合ですと修士課程でも育英会より借金をしているので、さらに借金が増えることになります。でも、説明書を読むと早期で返済すると何%か返済をまけてもらえるもたいなので、さっさとお金を返してしまいたいところです。なんにしても、私の社会人としてのスタートは、0からの出発ではなくてマイナスからの出発になります。

博士号に対しては、何らかの憧れを抱かれるかたもいらっしゃるようですが、私の後輩に博士号が400万で売りに出ていたらどうすると聞いたところ、あっさりといらないといわれてしまいました。まあ、いる人間にとってはいるし、いらない人間にとってはいるということでしょう。それに博士号そのものが重要というよりは、博士号をとるまでの経験が重要ということでもあるのでしょうしね。では、その博士号をとるまでに400万円の借金をし、かつ3年間の時間をかけるだけの価値が自分にとってあったのだろうかと聞かれると、しばし、答えに悩んでしまいます。

研究に関して言えば、私が関っていた研究は結構な研究予算をつけてもらっていたので、やる気になればかなりいろいろとできたはずですし、それなりにあがいていたつもりなのですが、やや思い通りには進まなかったなという気持ちです。

人間的な成長に関しては、三つ子の魂百までといいますか、基本的にあまり変化はしていないかもしれませんが、腹の中で渦巻いていたもろもろの煮え切らない気持ちはきれいになくなってしまったかもしれません。学部から修士までにかけては自分に対しての自信をどんどんと失っていった時期だなと思っています。なんとなく周りの雰囲気に呑まれて、自分もなんとなくみんなと同じようにどっかに学校推薦で就職をするのかなと漠然と考えたり、なんとなく大学教官になってみたいなと考えたりと考えがふらふらとしていました。それに他人に対しての依存心はすごく強かったと思います。自分自身について、修士を出たら就職するものだという世間の流れにまかせてしまったり、学校推薦などの大学のシステムや指導教官に任せてしまったりというという感じです。何かうまいこと誰かがなんとかしてもらわない限りなんともならんかなと思っていた節もあります。

大学院博士課程に進むというのも言ってしまえば一種の世間の風潮のようなものもあったのかもしれませんが、実際に入ってしまうとなかなか自分でなんとかしないとなんともならないことも多くなるもので、もろもろの問題を解決するとはいかないまでも、なんとかしてきたという経験が重なってくると、案外、世間の寒空の下にほっぽり出されてもなんとかなるもだなと思えるようになりました。それが少しずつですが、生きる自信になってきたような感じはします。最近の教育では、なかなか児童・生徒・学生に対して自信をつけるということが難しくなってきているように感じられますが(小中高大と進むにしたがって、自信をつけさせるのは金と手間のかかる面倒な行為になってくるように感じます)、生きていく自信がついたというのが、大学院の博士課程で得られた成果ではないかと考えています。その成果が育英会の借金400万円と修士を出ていれば得られたであろう3年分の収入に見合うだけのものであったかどうかは、今後の私自身の生き方に関ってきているのかなと考えています。いまはしばし悩みつつ返済に励んでいこうと考えています。

いま博士課程にいらっしゃる方や博士号をとられた方は自分が博士号をとったこと博士号をとろうとしていることについてどのようにお考えですか??ぜひ教えてくださいませ。



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