2003.9.2 「『大学院博士課程改革のための10提案』を読んで」



松尾学術振興財団というところが毎年新規にテーマを決めて調査・議論をおこなってきた結果を年報という形にまとめているそうなのですが、平成14年度のテーマは大学院の重点化に伴って顕在化してきた博士課程の問題について、まとめたものになっており、それについての提案がなされているのが今回の雑感の表題にも入れております「 大学院博士課程改革のための10提案」(ダウンロードするのに時間がかかりますので注意!)というものになっております。松尾学術財団の存在を最近、教えてもらうまで知らなかったのですが、この報告書は現在の博士課程の問題点を網羅しているのではないかと考えております。

はじめに、報告書の内容を軽くまとめておきます。提案1から10までを少し箇条書きに記していきます。

  1. 教育研究指導体制の強化ということで、博士号取得者の質の確保をするために、厳格な審査を行い優秀な博士(どういった意味でかはそれぞれかもしれませんが)を輩出するようにして、悪貨が良貨を駆逐するという状況に陥らないようにする。
  2. 人材の需要と供給のアンバランスの解消ということで、アカデミック志向の強い現在の状況をあらため、産業界が欲するような人材の供給をする。
  3. 論文博士が並行して存在しているのは、博士課程の存在意義をちいさくしてしまうので、原則廃止をする。
  4. 医学博士などは実質的に有名無実化しつつあるため、専門職大学院を創設して臨床医などを対象にした博士号の授与を行う。
  5. ポストドクターは現状では、これまでの講座制と並列して存在している制度であり、ポスドクから大学の正規職員への道というのが必ずしも確保されている状況ではないため、アカデミックポストにつくためのキャリアパスとしての実質的に制度の中に取り組むとともに、ポスドクから産業界へというルートも開拓していく。
  6. 育英会の奨学金については、これから原則的に借りた人間は全員返済の義務を負うが、優秀な人材に対しては、なんらかの免除措置なり、そのほかの支援措置を講じる。
  7. 現在のポスドク制度は、フェローシップ型とプロジェクト型の二種類があるが、学振研究員などのフェローシップ研究員などに関しては、大学である一定のグラントを設定できるようにするなどの柔軟な運用ができるようにする。
  8. ほぼ提言6の補完のような内容であり、ポスドクを大学の人事制度の中に組み込んでいくために、助手の位置づけをどのようにするのか。
  9. 教育評価システムを構築していく。
  10. 博士号取得者の進路を現状のほぼアカデミックポジションのみという状況から広げていくことを模索する。

提言は、おおまかにわけると教育システムに関するものと人事システムに関するものの二つに分けられるようです。学位に恥ない人間をつくるための教育と、そのような教育を受けた人間が報われるような仕組みということでしょうが、まさに博士課程が機能するためには、この二つがうまくかみ合わないといけないと感じます。このどちらも崩壊しており、個々人の資質にゆだねられる点が多い現状において、この報告書は、現在の博士課程の問題点について、よく網羅されているのではないかと感じています。

博士課程の教育に限らず、大学・大学院修士の教育についても言えることだと思うのですが、個人の資質に大いにゆだねられているところが多い気がします。大学というのは、学生に対して何か知的な事柄について目覚めるようにするようになんらかの刺激を与えるべきところであると思うのですが、その刺激を与えるという点で、あまりにシステム化してこなかったなということを思います。大学の講義に出たり、大学の先生方や友人たちと接することによって、ある学生は大いに刺激をうけるだろうし、ある教官たちは、学生たちに刺激を与えようとするかもしれませんが、それはまだまだ個々人の努力にゆだねられている感をぬぐえません。つまり、現状では、何々大学に入ったから、何々学部に入ったから、自分は大いに成長することができたということはいえないくらいに、各大学にこれといった教育的な取り組みが行われていないと思います。

私は、教育的な取り組みというのは、講義に工夫をするといったことだけではなく、もっと大事なのは学問を率先して行っていくような大学の雰囲気作りをしていくことではないかと思います。この報告書に少し触れられていたのですが、アメリカのとある大学では、ランチタイムに、学生たちが、学術雑誌から、自分の興味のある分野について最新の研究成果をプレゼンにまとめて発表するということをやっているそうです。このようなことをしていくことによって、うまくいけば、あるいは、プレゼンをするということが当然のような雰囲気になっていって、さらに進んでいくと、発表したくてしょうがないというような積極的な人間を輩出していくようになるのかもしれないななどと思ったりしました。

あと、このような報告を読んだりしていて不思議に思うことがあります。博士の激増を政策の失敗のように言われることが多いですが、果たしてそれだけなのかなということです。10年くらい前に出版された産経新聞社編の「大学を問う」という本の中では、当時すでに博士課程の空洞化が指摘されており、博士の定員を留学生で埋めているという現状を示していました。どうして定員を増やしたり、ポスドクのポストをある程度増やしたことによって、10年ほどの間に博士の年間の輩出数が2倍程度にまで膨らんだのだろうかと思ってしまいます。別に定員が増えたからといって、博士に進まないといけない理由はないわけですしね。どうして多くの人が博士に進もうと考えたのでしょう?自分自身の胸に問い合わせてみてもわからないですね。どなたかどういった背景でこのようなことになったのかご存知ありませんか?

この報告書に書かれてある内容はいちいちもっともなことだとは思うのですが、実際に実行しようとすると猛烈な抵抗にあいそうな気がします。おそらく徐々に改革が進んでいくのだろうなと思います。それまでは、しばらく、博士に進んだ方々が個々人で自分自身の身の処し方について、責任を持たされる時代が続くのだろうなと思います。とりあえず、国の制度がかわったり、社会の自分たちに対する見方が突然かわることを期待せずに、自分自身が生き残れるようにこつこつと自分たち自身の実力をやしなっていきましょう。

まったくまとまりのないものになりましたが、つらつらと思ったことを書いてみました。



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