産学連携関係教員
- 大学で生じているポスドクの問題:
- 90年代に、従来のキャッチアップ型からフロントランナー型に変らないといけないということで、大学院にお金も入るようになったし、ドクターも増やさないといけないということになった。しかし、大学が元々もっていた研究力や教育力もそのような変化に対応できたかといわれると疑問に思っている。
- 本来、ドクターをとった人間も大学だけではなく、企業などの多様な場でイノベーションの担い手として活躍することを期待されていたのだが、彼らが吸収される場を作ることをしてこなかった。
- 大学はどのように研究力・教育力を強化していくのかを本気で議論をしていかないといけないと考えている。
- 私のいる大学の場合、ポスドクの数が2004年あたりから急激に増え始めた。2004年以前に200人くらいになり、国立大学が法人化された翌年、2005年に500人を超えた、その後、2007年には特任教員を合わせて1000人に迫る勢いである。
- 彼らポスドクを雇っている資金は、国からの受託研究によるプロジェクト研究によるもので、企業との共同研究によるものはほとんどいない。
- 大学本体の常勤の教員の数が減っている上、予算どりなどの彼らの雑用も増えており、ゆったりと研究をおこなうゆとりがなくなりつつある。
- ポスドクも必ずしも若いわけではなく、40歳までポスドクを繰り返すということも現れてきている。
- 大学内ではポスドクは激増したが、個々の研究室では、ポスドクがいないかいても一人か二人かという状況なので、学内の様子が一変してきているということを個々の教員はなかなか認識できずにいる。
- 研究システムの構築について:
- 日本がキャッチアップ型からフロントランナー型になるうえで、企業においても、イノベーションを起こせる体制を作ることが期待されていたが、必ずしもそのような頭脳集団を構築することができずにいる。
- そのため、例えば製薬メーカーの場合、シーズを手に入れるために外国のベンチャー企業を買う。若い人間を育ててそれコアにしていくよりは外国のベンチャーを買って行くほうが効率がいいと言っているメーカーもある。
- 外国のベンチャーは若い人たちが支えているが、日本の場合は必ずしもそのような動きにはなっていない。
- また、大学においても短期的な自分の研究室の繁栄だけを考えるようになってきており、博士学生やポスドクが使い捨てになってきている傾向がある。
- 以前、国の人材流動化のプログラムに係ることがあったが、パスのみを準備すれば人材は流動化するに違いないと考えていることに浅はかさを感じた。すでに流動化をしている分野はそれでもいいが、実際はそんなに簡単にマッチングできるものではなくて、受け皿をどのように作っていくのかということが議論される必要がある。
- 例えば、バイオ系と電気でセットであれば就職先があるということであれば、そのようなパスも一つだろうと思う。いろいろなところと大学が垣根を越えて共同できれば俯瞰的な見方を身につけさせることもできるのではないかと考えている。
- これまでは既存の技術をどこかからかもってきてそれを人海戦術でものにしてきていたが、今後はフロントランナーとして道を新しく切り開いていかないといけない。ただ、その方法については現在模索されないといけないだろうと思う。
- 大学院における教育力とは:
- 自分は2000年まで理学部の物理で助手をしていた。自分が学位をとったところは、学生たちが自発的に自己教育をするよい研究室だった。自分の周りにはアカデミックに進む人だけではなく、ベンチャーに行く人もいたし、企業に行く人もいたで、必ずしもアカデミックに凝り固まっている研究室でもなかった。
- そのようになったのは、研究室の中で幅広く進路についても話せる雰囲気があったからではないかと思う。
- 自発的に自己教育をするということに関して、日本の大学院の場合、院としての教育は弱いが、研究室がしっかりしており、ドクターが下の学生を教えるといったふうに、自発的な学習がなされていた。
- 大学院生の数は増えたが、自発的な学生の組織化が行われれば、うまくいく面もあるのではないか?
- ただ、そのシステムをまわそうとすると、リードができない、人の面倒を見たり、テーマを考えろとなったときに考えられない学生が博士課程に入ってくるとシステムとしてうまくいかないかも。
- むかしの研究室は、助手が二人いたりしたが、現在の研究室は助手がいないような研究室もある。そのような研究室でリーダシップをとれる博士学生がいないとなるとたいへんなことになるかもしれない。
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