岩波書店「科学」Vol.76, No.06 をお示しいただき ご下問いただきました課題「理系のキャリアーデザイン」に関して考えてみました。 永らく産業界に所属し第一線の技術者として活躍した過去と、今の半ば斜めから冷ややかに大学を眺める視点とを織り交ぜて考えました。 しかし現在 多くの博士及びポスドクが無業者で時間をついやされている姿には一国民として痛ましく残念な思いを持っている事に変わりはありません。 本心では一人でも多くの頭脳を救いたいと考えています。
教育の荒廃が話題に上って久しいですが私は現状をこのように見つめています。 小学校は理念と動物的力の無い多くの女性教師によって「学級崩壊」がもたらされました。 この年齢の子供達には「母性」と「父性」の両面から全人的な教育が必要だと考えます。 しかし諸々の社会問題を解決できずにいます。 この状態を見放した国民の多くは第二の学校である「私塾」に救いを求めました。 ここで経済力を主軸とする格差社会が始まります。
小学校に続く中学校と高等学校は受験一筋に全ての価値観が単一化され先の経済社会の縮図が確定していきます。 「私塾」はより多くの子供を評価の高い教育機関へ押し込むことが唯一の目的となりました。 この為塾の教育はおのずと「点数の取れる技巧」を子供に押し込む結果となりました。 この過程で理科や算数も点数を取る為には「丸暗記」の記憶科目となりました。 教育過程が上昇する段階においても医学や法律の専門家に成る為には「考えてはいけない!!!」と強く規制され全てを暗記することが教育の真髄だと言う事になってしまいました。 法律家は前例主義で全ての凡例は過去の事例に照らし合わせて考えます。 前例を踏まえない判断を求めると彼らはただの素人となりうろたえます。 社会の変化が緩やかであればこのような勉強が「教育」だと考えても差し障りはありません。 例えば「香炉峰の雪いかならむ。」の設問に対して清少納言は唐の白居易の詩を踏まえて「簾を掲げて見た。」とあり才女の誉れ高さを示す逸話となっています。 木の上から見ても、野原から見ても、雪隠から見ても構わないのですがここでは回答を唯一つとして求めています。 日本の過去の教育は概ねこのようであります。 他の例では「珠算」は無意識に数を計算できるまで指の型を練習します。 珠算の達人は数について何も考えずに多くの桁の数を瞬時に処理します。 珠算は商人達に持てはやされました。 一方 関孝和の和算のように考える数学は微積分まで届いていたにもかかわらず立ち消えております。 このように教育過程を進んだとしても道は多くあります。 今の教育が記憶に頼る「知育」だとされる所以です。 何れの場合でも考えるより覚えるほうが安易に達成されます。
私は理系と文系の定義を次のように考えます。 先の例のように諸事項を前例に照らして判断する事を「文系」、数学や物理学の原理を帰納や演繹的に判断する事を「理系」とします。 「文系」の場合には前例は無数にある為 答えは無限に得られ、それらの優位性を決めることは出来ません。 答えを誘導する過程そのものに「芸術性」が伴います。 これを「楽しい」と感じる主体が「文系」です。 一方「理系」の場合は比較的回答が収束しやすくより簡単な出発点から短い経路を経て出された回答がより正しい結論だと考えられます。 場合によってはよりスマートな解をえる為に数学を一から構築する場合も許されます。 多くの場合異なる数学を駆使して同じ回答にたどり着くことも多々あります。 これを「美しい」と感じる主体が「理系」です。
一言で言えば「文系」はレゴブロックを組み立てる楽しみに浸る人。 「理系」はジェムストーンを磨き満足する人です。
人生にはいろいろなキャリアーパスが有ります。 しかし選択する職業によってキャリアーパスが異なり、結果として「頂点で輝く時期」も異なります。 スポーツ選手は10代〜20代にそのピークを迎えます。 音楽家もピークは20代です。 多くの瞬発力と集中力を必要とする職業はこの時期がピークです。 50才になってボクシングのチャンピオンベルトを貰えるでしょうか。 90才になってミスユニバースになるでしょうか。 政治家でも年相応の政治力と対人関係が出来て首相になれます。 従ってキャリアーパスを考える前提に「君は何に成りたいの?」、「君は何がほしいの?」という問題に解を与えておかなければならないでしょう。
理系を対象に「何に成りたいか。」を抽出すると概ね以下のようです。
上記の内で理系でなくても勤まる職業は(a), (d), (e), (f), (g), (h), (I)です。
理系の天職は(b),(c) と言えるでしょう。 下世話に考えると(b), (c) の上は (d), (e),更に上は(f), (g) と思えるかもしれません。 (d), (e)の仕事のほとんどは職員の人事管理、経理管理、残業規制管理などなどほとんど「○」、「×」、と四則演算の世界です。 理系の貴君は朝から晩まで算数をやるために非線型数学や微分方程式やフラクタル等の高度な数学を勉強してきたのでしょうか。 部下の勤務態度を評価する為にDNAや酵素、たんぱく質の研究に励んだのでしょうか。 週末の飲み会の場所を決める為に素粒子物理や超弦理論を勉強したのでしょうか。 いずれも「NO」のはずです。 (d), (e), (f), (g)の仕事は理系としての能力に陰りが見えた段階で「君は管理でもしておいてくれ。」、「君はボードメンバーにしてやるから現場にちょっかい出さないでくれ。」といやいや引き受ける職種のはずです。
このように考えると理系の到達目標は案外貴君の今の立場から遠くないところに有ることに気付きます。 よぼよぼに成ってから巨万の富を手にしても研究費には成りません。 この状態では自分が書いた過去の論文すら思うように読めないはずです。 このように考えると「理系の到達点とは次の輝かしい状態でしょう。」
文系の某氏が大成功をおさめ大金を手にしたとしましょう。 彼はこのお金を何に活用するのでしょう。 (勿論文系の一部が成功者となり大部分は道端を黙々と歩くただの人で終わりますが。)
あまり前向きでない使途
前向きな使途
理系の貴君は上に掲げたどれかの案に強くひかれますか? かりにそうだとすれば貴君は直ちに「理系」を捨てて「文系」に進みなさい。 理系で巨万の富を手にすることはほとんどありません。 (文系の大部分は道端を黙々と歩くただの人で終わりますが。 理系はこの手の人種で占められます。 社会が戦争などの混乱期になれば軍備開発などに多数の理系が必要となり 理系であるだけで珍重されますが今の平和な日本では有り得ません。)
このように考えると「理系は救われない。」と考えますか?
ちょっと待ってください。 理系は一般的にお金に縁が無いと言われますが多くの成功した理系の人々は多額の研究費をものにできます。 テーマによっては数十億円、数百億円の研究費にもなります。 理系の君達にとって(似非理系ではだめですが) 研究とは一種のホビーであるはずです。 生活費は少ない給料で賄い妻や子には贅沢をさせられませんが君自身は好きなホビーの為に数十億円、数百億円を使える可能性があります。 文系の誰かが自己資金を貯めて好きなホビーに打ち込んだとして数十億円、数百億円を使えるでしょうか?
ものは考えようで この考えに気付けば理系は捨てたものではありません。
ただし文系、理系を問わずこのような立場に立てるのは一握りの人です。 彼らは人一倍努力をして「良いこと」もしくは「悪いこと」に励んだ結果です。
長い教育期間を終えると卵の殻を割って社会へ出ます。 卵の殻を割る時期はそれぞれ異なりますが鳥類は最初に見た物を「親」と慕うそうですが鳥類に限ったことでは無いように思えます。 学生さん達にとっても社会の見え方は最初の印象が強く反映するようです。 一方実社会においては技術にせよ社会ルールにせよ非常にマチュアーな事柄で占められています。 この為大学内での議論は社会の実情とは「精度」の上でマッチしません。
特に大学院後期過程で研究されている事は実社会の極一部分でのみ意味の有る内容です。 理系に限って考えると 国の軍事技術研究機関(宇宙開発事業団、防衛庁、防衛施設庁など)、国に近い通信機器研究機関(●●, ◎◎◎等)、ロケット衛星などの国策研究を専門に請け負う研究機関、公共的施設(気象、地震、環境、秘話通信等)です。 公務員としての色彩が強い職場環境でしょう。 更に前記研究機関の成果を製品へと展開する企業(航空機・ロケットなどであればxxxxx、iiiii重工、sssss、mmmmm、nnゴム、hhhhh飛行機など、電子・電気・通信などであれば fffff、gggg、hhhh、iii、jjjjj、kk通信機など、戦車・大砲・機関銃などではsfsfsf、mamzmvなど、大陸間弾道ミサイル迎撃システムはgwgwgw、uuuuu、tttttt、llllllなど) 数は多いように思えますがそれぞれの研究員のニーズは限られており多くの場合覆面職場であり限られた人脈によって秘密裏に支えられております。 国にとって特に重要な職場は国の管理下におかれております。 ここでは研究員本人の力のみでなく妻、親、兄弟、親類縁者の素性が問われます。 次に自動車や家電製品を製造する企業の研究部門です。 前記の企業群に比べて種類も数も非常に多く職場も広がっているように見えますが企業間競争の熾烈な分野です。 従がって研究のスピードは速く、製品としての勝ち負けが鮮明に現れます。 ここでは勝ち組みも負け組みも早いペースで研究テーマが変化していきます。 このため「私はペケペケの専門家です。」などと悠長に構えられません。 特に後者は研究の成果が出ると直ちに自動化もしくは他の国の製造ラインへの移植が議論されます。 成果が出ないと直ちに打ち切られ他の部署に転属となるかリストラ対象にあげられます。
若い皆さんはこのような現実を踏まえて可鍛にチャレンジしてください。 どんなに職場に不満が有ろうとも、どんなに給料が安くともチャレンジを止めればすぐ後ろには台湾、中国、韓国、朝鮮、タイ、ベトナムなどの若者達が控えています。 かの「ロボットコンテスト」を見ればこの現状が明らかです。
インキュベーション施設そのものである「学校」に関しては諸君は実情をご存知ですので ここでは企業社会について少し触れます。 幸か不幸か本音で最先端技術を研究している部署に配属になれば貴君の力を最大限に発揮する必要があります。 新職が学校で学んだ分野にマッチすればラッキーですがほとんどの場合にはミスマッチの状態です。 その理由は明らかです。 学校で学ぶ教科書は企業の第一線の研究部門では「古新聞」にほかなりません。 教科書になるような事を製品としておればその企業はたちどころに倒産します。 他社より一歩でも進んだ技術を盛り込んで他社を蹴散らす必要があります。 貴君は自分の専門にこだわらずに職場で必要な技術を 独学で学び・ものにしなければなりません。 他社を蹴散らすには自らが他社よりその技術に精通しなければなりません。 世界一の製品を作るには貴君がその分野で世界一でなければ実現できないのは自明です。 かつては情報の伝播速度が遅く「何が世界一か?」を判断できませんでしたが今や情報は世界的に瞬時に共有されます。 貴君の力もこのように評価されます。
一方マチュアーな社会にあってマチュアーな技術で遣って行ける会社の場合はどうでしょうか。 例えば電力会社を考えると地域を区割りして独占的営業権を国から与えられています。 原子力や原油を電力に変換し地域に配る仕事ですが原価と売価は全国的に調整されており赤字倒産は有り得ません。 設備はmmmmmやt0tochann、ffffffff、GEFP、simesime などの大手が設計した三十年以上前の技術が現在も使われています。 給配電施設は発電所や工場が新設されない限り設計変更はありません。 メインテナンスは別会社が実施します。 原子力等のインスペクションは国の出先機関が受け持ちます。 このような会社における技術屋(理系)の仕事とはなんでしょうか。 答えは「飾り」でしょう。 多くのマチュアーな会社では銘柄大学の卒業生がバランスよく採用されています。 彼らは会社内部で貴族のような日々を送ります。 理系の貴君は源氏物語のようなこの惰眠空間の中で耐えられますか?
もし貴君が本当に現在手にした技術を世に示そうと考えるならば 最適なのはベンチャービジネスを起業することだと言えます。 しかし名が示すように一生を賭ける事になります。 多くの学生さんに対して周囲の家族や知人や世間から「なにも△大まで行ってベンチャービジネスのリスクを負うことはなかろう。 △大出ならもっと楽をして良い生活が出来るだろう。」と言うでしょう。 私もそのように述べるかもしれません。 しかし人生が幸せであるか満足しているかは他人が決めるものでは有りません。貴君が理系を選択した段階でサイは投げられたのです。
私の友人の例を横目で見て考えてみます。彼は△大の大学院後期過程を終了しましたが思うような企業に行けず、大学にも残らずベンチャービジネスを起業しました。 創業当初は随分苦労していたようです。 失業保険を貰う為職業安定所にも通っていました。 始めの10年間は友人達の昇進話や多額の年収と自らを比較して随分悔しい思いをしていたようです。 次の10年では彼の事業が軌道に乗りかなり大きな会社と成りましたが諸般の事情により浮き沈みを経験しました。 30年も経つと公の固定客を得て経営は安定化し、会社の規模は最適化され成功者として悠悠自適の生活を送っております。 収入面で30年間を積分すると明らかにサラリーマンのそれを上回り資産家になっております。 大企業でも「会社の寿命は三十年」と言いますので「イーブンだ」とも思えます。 サラリーマンの末路は定年と言うバリアーが有りますが彼は資本家として他人を働かせる立場にあります。 定年の憂き目には無縁です。 世間では「石の上にも三年」と言いますが「ベンチャービジネスの上にも十五年」でしょうか。 起業時25才なら40才, 35才なら50才で一息つけます。 ここで笑えます。
京都的企業経営の中に「老舗の経営」が有ります。 老舗経営の特徴は企業規模を大きくはしないが何百年も安定継承できる経営です。 御所の周辺にある「豆腐屋」、「餅屋」、「菓子職人」などですが ハイテク分野にあってもこの手法を使えばリスクの少ない企業を作れそうです。 潰れない企業の条件は「他人資本を借り入れない経営」、「従業員を増やさない経営」です。 理系の貴君がチャレンジする最初のベンチャーとしていかがですか。 学生アルバイトの家庭教師も実はこの経営手法に他なりません。 家庭教師が「倒産した」と聴いたことがないと思います。
近年日本企業も巨大化しグローバル化しています。 発生元が日本のベンチャー企業であっても資本比率は既に「外資」と成っている企業や 実質的にタックスへブンの国に本社を移した企業、外資企業とM&Aを実施した企業などが出現しています。 特許係争を見ると国際化が良く見えますが 日本企業が別の日本企業を訴える場合に海外の企業を介在させるなどの例も見られます。 私をも含めて日本人の素肌感覚で言えば「この美しい日本に毛もジャラの手を突っ込まないでくれ。」と言いたくなります。 しかし既に情報に国境がなくなり、毎日の食物は輸入品が国産品を上回り、国外に住む日本人は100万人、日本に住む外人は200万人、不祥事は外国並みとなっています。 国連への拠出金、ODAの援助資金などの金額に対して国連職員の数は遥かに少なく、海外企業の上層部に食い込む日本人は非常に少なくこれでは外交が上手くゆくわけがないと感じられます。 理系の諸君ももっと世界を動かす志を持っていただきたいと考えます。 環境問題、公害問題は国境を越えないと解決しません。 エネルギーも然りです。
理系のキャリアーデザインを考えると社会や世界に行き当たりました。 「理系のキャリアーデザイン」と言い出した人は実は文系人間ではないだろうかと思い至りました。 彼は文系優位の価値観で「理系はほんにかわいそう。」と考えたに違いないと独り善がりしました。 ヨーロッパがEUの生みの苦しみを味わっています。 これは国が県に格下げに成った状態です。 即ち文系優位社会が崩壊した例です。 EUでは理系企業が国境を通過する度に関税を払わされていたのを無関税にする事ができてこれから活躍しようとしているのとは対象的です。 さて理系の諸君に期待することをまとめます。