第16回:博士課程にいることの不安


このごろは博士課程の就職率とか就職した人の進路がどのようなものであったかを記してきました。そして、多くの分野におけるあまりに低い就職率を示してきました。このような状況というのは博士課程にいる学生の心理に大きな影響を与えていると考えられます。実際に私自身、自分の意志で博士課程に進んでおきながら、将来襲いかかるかもしれないまっとうな人生(私の考えるまっとうな人生とはとりあえず正規に雇用されるということでしたが)を歩めないかもしれないという不安に苦しめられました。これはかなり精神衛生上よくないことだったと考えています。実際、大勢の博士課程の在学生の方々が将来の自分の人生について悩み苦しんでいる姿を想像できるデーターがあります。

それは、私が在籍している大学が平成13年度におこなった「学生調査報告書」です。私が手元にもっているのはその要約版になります。この報告書は、一部の項目で大学院生に関しての結果で博士課程後期と博士課程前期を区別せずに合わせて示していますが、博士課程後期と前期の結果を分けて記している項目もあります。この報告書では、大学院生在籍者7260人(前期・後期の合計)に対してアンケートの回答者数が611人となっています。だいたい8.5%の人が回答をよこしていることになります。回答者611人の中で、博士前期課程の人数が401人、博士後期課程の人の数が201人となっています。そして文理の別は文系院生が92人、理系院生が519人になります(いずれも前期・後期の合計)。

この調査では、就職に関する意識についても調査がなされています。どのようなことが調査されたかというと、「学部卒業・大学院修了後の進路希望」、「就職に対する不安の有無」、「就職に対する不安の理由」という3点です。それぞれの項目について、まずは表をまとめてみたいと思います。まずは、「学部卒業・大学院修了後の進路希望」について記します。数字はいずれもそれぞれの区分の人数に対してのパーセンテージです。

区分就職進学研究生研究員まだ考えていないその他無回答
学部約55約23約2約0約15約0約1
博士前期72.716.30.70.27.62.00.5
博士後期38.81.56.020.421.96.55.0

学部卒業・大学院修了後の進路希望


上に示した表は、特に最終学年に限定したものではないので、最終学年に限定した場合は、もっと違う結果が得られると思うのですが、博士課程前期と博士課程後期を比べた場合、顕著な違いは、博士後期の人間の場合には特別研究員すなわちポスドクという進路が現れてくるということと、「まだ考えていない」という選択をしている人が博士後期でかなり多いという点です。「まだ考えていない」という選択肢を選んでいる人は、学部生にもかなり多いのですが、学部生の場合は、おそらく就職をするべきか進学をするべきかということを考えてのことだと思います。学部学生の場合の迷いは、理系(特に工学系)の場合は修士課程に進むことでより二年時間を費やした方がより有利な条件で就職ができるのではないかという思惑が働くということがあるでしょう。文系学生の場合であれば、就職難という過酷な社会情勢の中で、大学院への進学を一種の逃げ道として想定しておくべきなのではないかと考えていることがあるではないかと思います。もちろん大学1年生とか2年生あたりだと単純に将来のことを考えていないということもあるかもしれません。

しかし、博士課程後期の場合ですと、少し様子が変わってくるように思います。選択肢が限られている(大学教官になるか、企業へ就職するか、ポスドクになるか)上に就職の困難(大学のポストを得ることの難しさ、企業への就職の難しさ(実際にそうなのかはよくわからないのですが))、ポスドクになったあとの困難(そもそもなれるのかどうかもわからないのですが)といったようにいずれの選択肢も棘の道であるという現状の中で、当初の純粋な目標(モラトリアムで入ってくる人もいるでしょうが、多くはやはり研究者になりたいと思っているでしょう)が曇ってくるのかもしれません。

次に示す表は、就職に対する不安の理由を示すものなのですが、大学院の項目については、博士前期と博士後期をわけずに書いているので、具体的に博士後期の人がどのように不安を感じているのかをはっきりとつかむことができないのですが、学部学生と大学院生とではっきりと傾向に差があることはわかりました。一応下に記しておきます。表の数字は、その区分に含まれる人数に対するパーセンテージです。

区分希望の企業に就職できるか就職難な社会情勢自分の能力と適正を把握できていない会社・社会に適応できるか博士課程修了後の就職先その他無回答
学部25.023.932.513.42.32.70.2
大学院23.78.620.111.632.93.00.2

就職に対する不安の理由


就職に対する不安の理由を表にまとめましたが、就職に対して不安があったと回答した割合は、学部も大学院の場合も全体の8割程度になっています。この表で選択肢として「博士課程修了後の就職先」が与えられていることを思うと、「わかっているのならなんとかしてくれよ!」という気分になってしまいます。学部学生の場合と比べると、博士課程の学生の場合は、「就職難な社会情勢」を嘆く人というのが少ないことがわかります。その代わりに選択肢として与えられているからというのもあるとは思うのですが、「博士課程修了後の就職先」をあげている人がかなりの高率になっていることがわかります。この傾向はとくに文系院生で顕著で、5割の院生がこの選択をあげていました。あくまでも私の推測でしかないのですが、大学院生の場合だと、就職難を考える場合、それは社会全体の傾向(不景気であるとか、求人倍率が下がってきているとか)に理由を求めるよりも、社会なり会社なりが大学院を見る目であったり大学院特有の就職難の事情(大学にポストが増えないという)に理由を求めることが多いのかなと感じました。

自分が卒業するときにたまたま「就職難な社会情勢」であったのなら、ある意味、自分自身ではどうすることもできないので、ある意味あきらめもきくような気がします。しかし大学院に進学した上で、そのために就職が困難になったと大学院生が考えているとなると、それは自分自身で選んだ人生であるという点でとても不幸なことであると思いますし、そのような気持ちを大学院生に味合わせてしまうようでは、大学院で前向きに研究に打ち込めるようにはならないと思います。なんとかそのような不安を扶植できるような確かなものを持たせてほしいと思います。


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