ポスドクから無職に・・・

名前:ポスドク崩れ さん 

所属:無職      


私は今,無職です。貯金を食いつぶしながら,毎日を無為に過ごしています。こんな惨めな体験記を書いて,果たして意味があるのか疑問に思いますが,苦しい胸の内を吐露したくなって投稿しました。

私は,地方国立大学の博士後期課程を修了しました。専門は地○○○学で,土木工学と地質学の両方に跨る学問分野です。ちなみに,学部時代には鉱山系の学科で,機械工学と土木工学を広く浅く学びました。現在,この学科はありません。将来性がなく,社会から淘汰されようとしていた事実に,当時は気づきませんでした。

博士前期課程から後期課程に進学するとき,指導教官に急かされながら研究をすることに嫌気がさして民間企業への就職を考えたのですが,教育にも興味があった私は「工業高等専門学校の教員」になりたいと思うようになりました。そのためには,やはり博士号が必要で,進学を決意しました。

博士後期課程では,研究の面白さが少し分かってきて,アルバイトもせずに研究に没頭しました。日本学生支援機構から奨学金をもらっていたので,経済面では困りませんでした。学位取得の目処が立ち,就職活動を始めたD3で,私の専門を武器に応募できる高専・大学・研究所はないことに愕然としました。

土木・地球科学系分野の助教等に多数応募しましたが,専門性の不一致から,ほとんどが書類選考で不採用となりました。研究業績としては,筆頭著者の論文が4報,共著者の論文が5報あったので,それほど悪くないと思います。

私が就職活動で苦戦していることを知りながら,ほとんど何もしてくれない指導教官にも腹が立ちました。彼はむしろ,私の足を引っ張るような行為を繰り返し,日に日に不信感が募りました。

最も辛かったのは,あるポスドクの公募にアプライしたときでした。学位取得後,私は無所属だったのですが,指導教官は「僕が認めるから,君は客員研究員として名乗るとよい」と言ってくれました。当時の私は,彼の研究を(無給で)手伝っていましたし,私の履歴書に空白期間ができるのを心配してくれたようでした。

ところが,いざ応募先から,客員研究員としての証明書類を提出するよう求められると,彼は「そんなものは,出せるわけがない」と掌を返すような態度をとりました。さすがに,目の前が真っ暗になりました。しかし幸運にも,採用通知をいただくことができました。

そのポスドクは,旧帝大研究所の所属でした。未経験の異分野でしたが,新たな研究テーマに携われることが嬉しく,最初の1年は必死に研究しました。その甲斐あって,筆頭著者の論文1報が,国際学会誌に掲載されました。しかし,周りのポスドクはもっと業績を上げていて,こんなに優秀な人達と熾烈なポスト争いをしなければならない現実に,強い不安を感じるようになりました。

任期満了後,研究者としての無能さを痛感した私は,民間企業に就職しました。環境系コンサルタント会社だったので,少しは専門知識を活かせると思いましたが,大学・大学院で学んだことは何の役にも立ちませんでした。

しかし,それ以上に問題となったのは職場環境でした。小さな会社だったので,社長は暴君のようでした。社員は皆,倒れるまで働かされる上に罵倒叱責され,鬱病を患って辞めていきました。私は幸い,そこまで辛い経験をしないで済みましたが,生きた心地がせず,2年程で退職しました。

それから1年が経とうとしています。30歳を過ぎた博士号取得者で,専門知識は実社会に全く役立たない。そんな人間を雇う会社は,当然ながら見つかりません。何だか,疲れてしまいました・・・



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