二足の草鞋を履くすべ

名前:shoさん 

所属:企業に在籍しながら社会人大学院博士課程修了


私は15年前に某大学の修士課程を卒業して企業に就職し、企業の研究所に在籍しながら、今春、博士課程を修了、学位取得をしたものです。博士取得の夢を持ちつつ、諸事情で企業へ就職されている方々が再び大学の門を叩くきっかけになれば幸いです。また、企業研究と大学研究の両者を経験しましたので、博士進学か就職かを迷われている方々にも参考になればと思います。

修士課程時代、指導教官から「博士課程への進学を考えないか」と言われ、子供のころからの夢であった”博士”という言葉に非常に心が揺らいだことを憶えています。しかしながら、在籍していた研究室は非常に狭い学問分野であったことと、バブルの余韻が続いていた就職超有利時代でしたので、”大手企業なら研究も続けられるだろう”と思い、就職の道を選択しました。

配属は専門分野に近い研究所でした。しかし、予想はしていたとはいえ、企業研究は大学研究とは全く異なるものでした。大学研究は他人より早く新たなしくみや手法を開発することが目的ですが、企業はそれに加えて、”売れる”ことが必須条件です。売れるという可能性を証明して、そのために研究すべきことを提案し、予算を認可してもらわなければスタートすら切れません。”研究をしたい”のではなく、”儲かるためにこの研究をしなければならない”という考え方の違いを理解しないと、企業研究者としてやっていくことができません。それと、研究が認可されたとしても、自分自身がプログラミングをしたり、実験をすることは困難であるということも、企業へ就職を考えている方々に理解してもらいたい点です。大学研究はある意味、期限という制約はないに等しいと思います(もちろん、学会投稿や学業年数という期限はありますが...)。でも、2年後の商品化に向けて、今年の12月までに従来の2倍の計算速度を満足するアルゴリズムを構築しなければならないという具体的かつ責任が課される期限は、少なくとも私の大学研究経験にはありませんでした。よって、自分自身がプログラミングや実験を行うこと=無駄な時間となり、専門的なスキルを持つ協力会社さんへ依頼し、研究全体をコーディネイトするということが重要な職務となります。

このような企業研究を続けていき、世の中に新たな製品も多数出してきました。しかし、10年を経過するころから、マネージャとしての業務も兼務することとなり、益々自分の能力ってなんだろうという疑問が沸きはじめました。また、10年先の先輩を見ていると、上司への研究計画と進歩状況報告や市場動向への予想などおおよそ研究者とは言えない雑務ばかりで、大学時代に志した”科学進歩への挑戦”などという言葉とは無縁の世界が待ち受けているという現実も垣間見えてきました。そんな将来への漠然とした無力感を感じているとき、海外企業の研究セクションと交流する機会を得ました。そこでは同年代の研究者が大学と企業を行き来し、新たな技術開発を行うとともに商品化としての成果も成立させる理想的なサイクルを実行していたのです。交流した大学では基礎力だけでなく応用力も重視しており、企業側も共に発展して利益を得る構図がしっかりできていました。

これこそ、私の考える理想的な業務の進め方だと感銘した次第です。読者の方々には”同様のことは日本国内でもおこなわれているでしょ”と思われるかもしれません。でも日本の企業は大学に共同研究として出資しているけれど人の交流はほとんどありませんよね。お金だけ出して、成果を待っているケースがほとんどではないですか?大学側も積極的に企業研究者を受け入れ、応用研究の成功確率を挙げるような取り組みはなされていますか?月一回程度の報告会で研究的な課題だけを議論し、商品化は企業の責任と割り切って研究内容がどのような商品になっていくかは知らなくていいような風潮が見受けられます。これでは理想的なサイクルが回らず、企業側では”大学に投資しても無駄が多い”とか、大学側も”あんなにいい研究成果を商品にできないのは企業に能力がない”とお互いを罵り合っているに留まっているのではないかと危惧しています。

前置きが長くなりましたが、このような現実から理想的なサイクルに導くため、私がもう一度、大学との橋渡しを見直そうと考えた次第です。そのためには企業研究者としての道を続けながら大学研究者(社会人博士課程)として再生するという「二足の草鞋」に挑戦しました(この時点では理想に燃え、そのあとに待ち受ける困難は予想外でした)。社会人博士課程を目指したのは、海外の企業研究者の多くがPh.Dを取得し、企業だけでなく学術的な分野でも活躍しているからでした。日本企業から見るとPh.Dは単なる資格のひとつですが、海外では”論理的思考に基づき、新たな技術分野を開拓できる能力を持つ”ひとである証明のように扱われますので、学術・企業間で活躍するためには取得すべきスキルでると捉えています。

社会人入学を志す上で、まず五年間計画を立てました。計画では最初の二年間で業務に深く関連し、しかも国内でTopクラスの先生と懇意になることを目標とし、その後の三年間で博士を取得するというものでした。幸いなことに、企業研究で大変実現が困難な課題に挑戦している最中でしたので、その分野の第一線研究者をリストアップして、全ての先生を訪問しました。その結果、今回博士を取得した先生にめぐり合った次第です。早速、上司を説得し、大学との共同研究をスタートさせました。その際、かなり頻繁に訪問すると共に、先生方や学生さんと一緒に研究や開発を実施しました。ずうずうしくも研究室のゼミにも積極的に参加して、現在の研究課題の先も討議することを平行して行いました。まあ、このように自分の思いで進められたのも企業である程度の責任あるポジションにいたことと、共同研究の成果をなんとか商品化できたことが背景にあると思います。入社直後や数年経った段階ではよっぽど上司が広い心を持っていなければ不可能であると思います。ですので、一度企業へ就職されて、博士課程などに再帰したい方はまず、企業で成果を挙げ続けることが必要条件ではないでしょうか。私が所属する企業でも国内外留学制度もありますが、それに当たるのは宝くじ並みの運の持ち主だと考えています。口をあけて待っているだけでは道は開けません。自己努力と強い信念が必要です。

成果も出し、大学との連携もスムーズに行っていましたが、社会人博士課程に入学となると話は別のようです。博士課程に入学するとなると当然、時間の制約が発生し、その時間分を負担してくれる企業など、今のご時世ありえません。また入学金から授業料まで自腹になるのは当然で、時間と費用の両面でかなり高いハードルが待ち受けていました。この段階で論文博士という選択肢も日本にはあります。時間の制約は少なく、費用も安く済みます。しかし、ぜひ課程を目指して欲しいものです。自分の考えを精査し、研究として具現化しながら、最後に論文で論理的正しさを証明するという一連のプロセスは課程でなければ経験できない貴重な体験です。私の勝手な考え方ですが、論文博士は資格として有効ですが、このプロセスを学ぶという面では十分ではないと所感しています。

さて、時間と費用の問題を解決するために、私が取った行動は競争資金を獲得することでした。いわゆる国プロというものです。これが獲得できれば給料は国から企業へ支給されますし、研究遂行のために大学とのより深い連携が可能となります。そのため、まずは企業における担当技術の将来像を計画し、その過程で外部資金による効率化のシナリオを作りました。研究はリスクが伴うものですので、企業としても資金を貰って行うことには反対の意見があろうはずがありません。そして各省庁が公募している競争資金を詳細に分析し、大学の先生方と国策として取り組むべき課題として提案書を作成しました。この提案がなんと認められ、三年間に渡る資金獲得ができた次第です。まるで私の人生の運を全て使ったかのような幸運でした。努力すれば道は開けるものと実感した次第です。

さあ、濠は固めました。いよいよ上司から社会人入学許可を貰うという本丸への攻め込みです。でもこの時点でも上司は難色を示しました。理由は「君がこの国策研究に従事するとその時間は例え国から給料をもらえたとしても企業にとって損となる」というものでした。まあものは言い様だなと思いましたが、大学の先生方に企業へ乗り込んで頂き、半ば強行的に印を押してもらいました。長い道のりでした。

その後、無事、社会人博士課程を三年間で終えると共に、国プロ研究も成功させました。この期間の苦労は社会人入学までの道のりの三倍以上の努力が必要でした。決して二足の草鞋は言うほど簡単ではないというのが今の実感です。研究に使う費用や通学などの交通費は国プロ研究で捻出できましたが、授業料などは全て自腹で貯金が激減しました。また大学の授業などは研究ではないため、有給休暇がほとんどなくなりました。家族の負担も相当あり、家庭崩壊の危機が何度も訪れました。でも、このような犠牲を払っても、全く後悔はしていません。確実に技術的知識と論理的考えが自分の能力となったからです。学会発表や論文掲載で自信もつき、仕事を進める上でも論理的な研究計画やわかりやすい客先説明など、様々な面で自分の成長を実感できているからです。

ただ、博士の資格取得が企業にとって具体的な成果にどのように結びつくのかと問われたときに、答えに困ってしまうのも実状です。それは企業において、利益獲得のみが具体的成果である点に起因していると考えます。目の前の利益を増すためには直接的な営業活動やものまねの商品開発のほうが速効的です。でも企業利益の継続は2〜3年程度ではないはずで、長いスパンで見たときの人材開発としての利点に経営者が重きを置いてくれることを祈るばかりです。



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