社会人大学院生の生き方(後編)

名前:つちのこさん 

所属:社会人大学院博士課程


  1. MBAその後と、DR課程

    MBAを取った後、しばらくは仕事に専念していました。給料は定期昇給のみです。大した資格もなくこのご時世ですから、MBAを持っているからと言って手当を付けてくれるほど、企業は甘くありません。

    そのころ、また囁きが聞こえてきました。

    お前は、MBAで満足なのか?

    修士課程は別名「博士前期課程」というらしいぞ。

    博士後期課程はどうするのだ?

    いかないのか?受けもしないのか?

    何となく一校受けてみました。何となく受かりました。そして、今日に至っています。DR課程はMに比べて授業のコマ数も少なく、自分の裁量が大きく取れます。仕事の空いたとき、休みの時に自分の好きなように研究が出来ます。

    DR課程に入った動機は、なんと言えばいいのか・・・倍率50倍以上のアカポスを狙うほど野心に燃えているわけでもありません。ただ、Mでの自分なりの研究を継続したかったというのと、これを含めた更なる自己啓発。それに加えて、狭い仕事関係のつきあいや、会社以外に「学校」という組織に寄りかかりたい気分があります。

    理系のキャリアと異なり、文系ではDR課程は3年で取れるというものではありません。いろいろな文系先生のキャリア(書評などで分かります)を見て頂ければ分かると思いますが、満期の3年〜引っ張って6年在籍し「博士課程満期退学」という人が案外多いのに気付くでしょう。飛び級を抜きに考えると、学部卒で22歳。プロパーでM取得は24歳。3年でD取得の場合27歳。引っ張って6年D未取得・満期退学の場合、大台の30歳です。

  2. ニート研究者との邂逅

    経済学系、経営学系、商学系、税法系などいろいろな専攻の人がいます。わたしは、ここで初めてニート研究者を見ました。つまり、20〜30歳代で、安定した収入のある生業を持たず、研究をしている人たちです。

    この辺から、掲示板に書いて「レベルの低い議論」になってしまった部分ですが再掲します。

    安定した生活なしで、アルバイト生活(おきまりの塾講師など)で月数万円を稼ぎ、育英会からの借金が数百万円。20代後半から30代の、おそらく人生で一番輝く時代を無為に磨り減らす人がいます。研究内容は分かりません。論評する立場にもありません。罪深いのは、そのようなニート研究者を入学させる大学院、教授です。そして、それに乗っかっている「頭の良い子供」たるモラトリアム人間=ニート研究者です。景気の良い不動産オーナー、レントナー階級、裕福な会社経営者、無職でもオカネのある人は別です。

    自分がニート研究者では?と疑念を持つ人には、私のアドバイスがあります。

    @ 傷つき、落ち込むこと。

    皆さん、これが決定的に足りない。私の掲示板への書き込み程度で、傷つき落ち込み煩悶するのであれば、教壇でも、会社でも傷つきまくりではないでしょうか?そんなことで学会発表、論文掲載ができるのでしょうか?シャンシャン総会のような学会であれば、そんなものは有害無益です。

    褒められるために大学院に来ているのか?それとも、知的格闘のために来ているのか?

    とどのつまり、打たれ強さがなさすぎるのです。つまり、ニート研究者は「褒められたこと」しかなく「良い子良い子」されすぎています。

    傷ついて、傷ついて、落ち込んで、落ち込んで見たらどうでしょうか?

    A 自分がフリーターであることを認識すること。

    非熟練アルバイト(フリーター:意外かもしれませんが派遣も含みます)は、経営者にとってはこれ以上ない、単なる都合の良い労働力です。取り替えも簡易で、ボーナス、退職金、慶弔休暇、あらゆる手当を支払う必要がありません。

    フリーターというのは、敬称ではありません。Mをお持ちの、プライドの高い人には許されない蔑称かもしれませんが、現状を認識すべきです。有給休暇もない。仕事の切れ目が金の切れ目です。

    フリーターや無業者は、人生設計というか、生活の根本の部分を侮っています。「無職の時期があった」ことは恥ずべき事で、自慢できることではありません。

    フリーターの生涯賃金は約6,000万円。大卒サラリーマンのそれは3億円弱と言われています。このへんはインターネットサイ「allabout」などで調べてみてください。

    フリーターという階級に属する場合、学歴は不問です。○○大学大学院・博士後期課程在学中ということで、時給4,000円くれるアルバイトがありますか?

    B すぐ、定職を持つこと。

    普通の人生なら22歳で学士。背伸びして24歳で修士、最短27歳で博士をとっても、職などありません。アカポス求職者は、DR取得者も込みで50倍とかの倍率です。競馬で生計を立てようとするようなものです。もし就職できたらそれで良いのです。おめでとうございます。

    しかし、就職困難な可能性が大きいと思いませんか?

    30歳、文系博士後期課程・満期退学で、普通のサラリーマンの職などあろうはずもありません。これは保証します。アルバイト以外の職歴なし、実務ゼロ、社会性ゼロ。セコイプライドと学歴、希望の報酬額だけが高い人を、今時どこの会社が採用するでしょうか?

    あわてて就職雑誌のページを繰ることはありません。

    いまアルバイトをしている所に、なんとか上手いこと社員待遇で潜り込むことはできませんか?それが一番良い方法のような気がします。時間はかかりますが、腰を据えてメシを食う覚悟があれば、資格を持つのも良いと思います。私のいる不動産業界では、宅建(宅地建物取引主任者)の資格を持っていれば、とりあえず食えます。月数万円のアルバイターよりは、経済的に絶対にマシです。

    生業を営む全ての不動産屋では、宅建有資格者を持たない(雇用しない)と、商売にはなりません。宅建は、年一回しか試験がないのがネックです。しかし、ここを読んでいるくらいの方であれば、余技で簡単に取れます。四択50問です。私みたいに、死ぬまで日本国内で泥臭く生きる決意をしている場合は、TOEICとかは、無駄ではないですが、期待ほどあまり役に立たないかもしれません。

    宅建より難しいですが不動産鑑定士、中小企業診断士、行政書士、司法書士など、メシの種になる資格は結構あります。私が大昔、証券業界にいたときには、入社直後に証券外務員という資格を取らされました。これは証券マンの運転免許みたいなもので、業界では絶対に必要です。しかしこれは業界資格で、日本証券業協会会員(=すべての証券会社)に勤務しないと取れず、業界から足を洗えば、無効です。

    C 文系の博士課程は、研究の分断が奏功する場合もある。

    私はもともと法学部出身で、証券業界にいた後、不動産業界へ転職しました。全く脈絡のない動きですが、その後社会人MBAコースを修了し現在DRコースにいます。

    若いニート研究者と話をして、共通して感じるのは「外部社会へ出る事への恐怖」です。

    なぜなのでしょう?

    博士後期課程単位取得満期退学が欲しいのでしょうか?

    そうなれば、自分はそれだけ年齢を重ね、社会での価値が下がるという認識がないのでしょうか?

    私はこれらの全て、あるいは複合型だと考えています。

    だとしたら思い切って休学、退学(退学は縁切りではないです)してみて、仕切直しをしてみたらどうでしょう?

    繰り返します。大学は商売でやっています。学費を払ってくれる人が多ければ多いほど良いのです。数年の休学、退学など、余程のことがなければ復学させてくれます。

    以上、厳しめに書いてみましたが、如何でしょう?

    ニート研究者ではなく、「研究者」抜きの「ニート」という呼称で、自分の人格が否定されるように感じるのであれば、それは夜郎自大というものです。「研究者」という皮相な肩書きぬきで、地面に立ってみてください。A NEET is a NEET.という事実を見据える必要があります。

  3. お金の話

    お金の話はどこでもタブーのようです。

    これは、安価な労働力を求める独占資本や大富豪が、気付かれないように、労働力を安くこき使うための大陰謀だと私は考えています。まんざら冗談ではありません。

    私はマル経ではないのですが、時間があれば「資本論」一読をお勧めします。ソ連解体、社会主義体制の崩壊はマル経のせいではありません(余談ですが、マル経の文献学がいまだに進んでいるのは日本です)。

    資本主義を本質的に理解しようとするためには、やはりマルクスは避けられないでしょう。とはいえ、資本論を買い込む必要はなし。入門書の斜め読みで充分です。

    宇野弘蔵『資本論入門』(講談社学術文庫)は、実は今でも刷られているロングセラーです。新左翼のイデオローグとも言われる宇野弘蔵ですが、いまでも読む価値はあるでしょう。2004年12月現在、945円です。レーニン関係は、今や読む価値はあまり無い。理工系の方も、たまには気分転換に古びたマル経の本を読むと、新鮮かもしれません。

    さて、プロパー理工系の方は、私には未知の補助金などがあるようです(文系にもありました。社会人相手の給付金制度が最大で30万円程度あっただけで、いまはだいぶ減額されました。英会話学校の広告で『最大○○万円返ってくる!』というのと同じレベルです)。

    文系は基本、先行研究、書籍と資料、とにかく読んで読んで読んで書く作業ばかりになりますので、まったくお金の桁が違います。とはいえ数万円の専門書は財布に堪えます。

    理工系のように、数千万円〜数億円もする機械を使うのであれば、自費というわけにはいかないでしょうが、数万円、数十万円の生活費に事欠くようでは、社会生活にも支障を来すのではないですか?

    理論物理学という学問は、鉛筆と紙だけあれば出来ると聞いたことがあります。しかし、もはやそういう時代でもないでしょう。

    研究室との関わり合いなどは、理系、文系で全く違う学問ですので何とも言えません。しかし、文系、理系問わず、人間の生活費(衣食住、交際費など)というものは、だいたい同じでしょう。

    この生活費が問題です。絶対にこれを確保しないと、研究者どころか一般市民にもなれません。カネになる研究をしてみてください。サラリーマン研究者も、生活のためとしては充分考慮に値します。

    給料をもらえて(自分のやりたいことではないにせよ)研究者生活が可能であると言うこと自体、最高に幸せなことではないですか?霞を食うような人生では、価値観も多様ですが家族、家、車などを持つことも不可能です。そういうモノは不要で、研究に邁進するという決意の方は別です。

    しかし、社会生活を送る人間の問題で、まず来るのはオカネであることを認識してください。

    企業家精神のある貴方は、自分の研究を事業化してみるというのも手かもしれません。この辺はグロービス著『MBAのビジネスプラン』をご一読ください。

    即、実践できるものではないですが、事業計画というものの概要が分かると思います。「お金になりそうな研究にだったら出資しよう」と考えているVC(ベンチャー・キャピタル)も案外いるかもしれません。

    なるべく避けた方が良いのは、親類縁者からお金を借りたり、自宅を抵当に入れてまで新規事業を立ち上げないことです。銀行からの融資も借金です。取り立てはあります。このような、旧態依然とした間接金融から脱皮し、VC、エンジェルなどからの直接投資を仰いでみてください。

    理系の方、「自分の研究は、誰も知らないが実は凄い!バイオテクやナノテクは古い!21世紀は『ネオテク』の時代!これへの先行投資は僅か○○○○万円で、製品化して数年後には、数億単位のリターンが期待できる!」と、話をぶってみてください。

    経営学は専門性、参入障壁は低いので、少し囓ってみてみてもいろいろと役に立つかもしれません。経済学は、ロケット数学になってしまいました。これは1970年代にアポロ計画が一段落したNASAが大リストラをした際に、職を失った研究者がウォール街など金融業界に求職したためという説があります。このために理数系のノウハウをつぎ込んだ「オプション」など「デリバティブ」といった所謂金融派生商品、金融工学というジャンルが生まれてきました。

    経済は「規模の時代」「組織の時代」を経ていまや「スピードの時代」と言われています。的確かつ素早い意志決定が求められる厳しい時代です。

  4. 理工系の方へのエール

    最後に、エールです。日本のノーベル賞受賞者はやはり物理学、化学、医学系に偏っています。経済学、経営学、商学の分野で日本は徹底的に遅れています。文学は別モノです。

    悲観的かもしれませんが、日本の社会科学は、欧米に数十年のレベルで遅れています。残念ですが、横書きを縦書きに直す悪癖が未だに抜けていません。自分の言葉で新しい知見を発するレベルではないのです。

    逆に言えば、日本の理工系研究は、充分世界レベルに達していると言うことです。

    島津製作所のサラリーマン研究者・田中耕一さんがノーベル賞を受賞されたとき、プロパー理工系研究者の方はどう感じたのでしょう?私みたいな市井の市民からすれば、日本人のノーベル賞受賞は、素朴に嬉しいものなのです。

    ということで、長々とした駄文はお終いです。

    賛否両論あることを歓迎します。落ち込んだ方もいるかもしれませんが、ご容赦ください。

    このダラダラ書いた駄文で、奮起してくださる方が、もし一人でもいれば幸甚に耐えません。

    最後までお読みくださり有り難うございました。



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