全共闘運動も終わりを告げ、キャンパスの騒ぎが一段落した頃、私は都内の私立大学の法学部に入りました。
法律学科でしたが、法曹になろうとか、これといった目的もなく普通に卒業しました。留学しようなどとは毛ほども考えたことはありませんし、今でもそうです。卒業後はすぐにサラリーマン(証券系)をし、数年後に畑違いの不動産業に転職しました。
仕事も順調で、これと言った不安もなく日々過ごしてきました。しかし、人生の転機というのは、突然やってくるものです。
ある日、電車か新聞で「社会人大学院でMBAが取れる」という広告を見てしまいました。学部のときに、大学院などは全く無縁の所だと考えていました。
MBAって、聞いたことがあるけど何だろう?
「経営学修士」らしいけど、学部も違うしやったこともない。
法学士が、経営学修士を取れるのか?
今更、独立して、会社経営する気もない。
そんなのが、何かの役に立つのかな?
でも、なにか感じるものがありました。
受けてみようかな?と心の奥底で囁きが聞こえました。
願書を取り寄せてみました。転職以来、**年ぶりに、学部の卒業証明書と成績証明書を取りました。
そこで一校だけ、出身大学の、全く畑違いのビジネス・スクールの入試を「力試し」程度の感覚で受け、なぜか合格してしまいました。OBでしたので、学費は20%程度安くすみました。これは有り難かったです。
入学後(入学式にも行きました)、生活は一変しました。
仕事と並行して、本気で学業に注力しました。
正直「これは大変なところに来たぞ」と感じました。学部のとき以上に、学業への情熱が湧くのを感じました。「生涯学習」とはこれかな?とも考えました。
平日の夜や土曜を割き、高価な専門書を読むのは苦痛でもありましたが、大変な知的刺激になりました。
入学するまでは、遅く帰宅した後はテレビを見てゴロゴロしていたり、飲んだりして遊んでいました。これはこれで、別段恥ずかしいことではないと思います。仕事と遊びと学業を、バランスよく並立させることができれば、大人と言えるかもしれません。
社会人大学院での一番の収穫は、仕事と関係のない、年齢や職種も極めて幅広い人々(あらゆるプロ)と、忌憚のない活発な議論をしたり交流がもてたことです。
私は会社に、進学する旨を報告しておりました。許可はあらかじめ貰っていました。大手でもないので「ふーん、そう」と言う程度でした。当然ですが、経済的なものなど、一切の補助はありませんでした。
しかし、「同級生」のなかには、会社に学費を払って(一部、半額程度自己負担など)もらっている人や、隠れて黙ってきている人も結構いました。
たいていの会社は、社員のビジネス・スクール進学を、基本的には歓迎しないと思います。その理由は簡単で、まず通学で業務に支障が出る可能性があります。それと、社会人大学院でMBAを取り「スキルアップ」することで、転職されてしまうのではないかという危惧でしょう。
プロパー研究者の方からすれば、夜間の社会人大学院など「カルチャー・スクールと大差ない」と揶揄されるかもしれません。いい年をしたおじさんが、大学院に入り直して何をするんだ?と笑われるでしょう。全くその通りです。
しかし、日々の仕事と並行して夜、大学院に行くというのは、これでなかなかの愉悦があるものでした。社会人大学院は、夜の秘密めいた集会のようです。
実験など、研究の継続性が重要な理工系の方からすれば笑われるかもしれません。
しかし、社会科学系大学院の面白さは、いったん社会に出て、脆いながらも地場を固め(安定収入を得て)、行きたいときに受けることができ、合格すれば自分の都合で行けることです。
2007年が、大学全入時代と言われます。18歳の大学進学希望者と定員が拮抗するといわれています。私立大学もビジネスです。少子化です。
だったら、社会人にも門戸を広げて、ビジネスを大きくしようと考えるのは当然のことです。私は大学経営者ではないですが、学園経営の主たる収入は、学費であることくらいわかります。
彼らも、商売でやっているのですから、顧客層の門戸を広げています。その代わり、先生の勤務時間(夜間講義などで)も長くなり大変です。それに、相手はプロパーではない大人の社会人ですから、それなりにスレています。さらに修士論文もろくに書けない「大学院生」の世話を焼くのは大変だったと思います。
社会人MBAとは言え、学術論文の体裁(?)を整えさせて審査するわけです。大学側はあまりの非アカデミックさ(「論文」のできの悪さ)に手を焼いたようで、章立てや引用の仕方を詳説したマニュアルを渡していました。
授業や論文指導で印象深かったことを書きます。講師はアカ一本の教授も多かったのですが、正直に言ってそういう講義は心に残りませんでした。実務先生は、なかなか仕事の話が聞けて、大いに関心を持てました。アカ先生からはアンゾフ、ミンツバーグ、ハメル、プラハラード?そうそうたる経営学者の名前が出てきましたが、社会人には?です。「さすが、いろいろよく読んでいらっしゃいますね」だけです。
私だけかもしれませんが、社会でスレているだけ「学術肌」に対する反発と、「アカは世間知らずだ」という軽い蔑視があります。とはいえ、実務(つまり普通の会社員)と、アカと交流することは大いに意義があると思います。なぜなら、大学経営側からすればアカ一本の教授陣に「社会の新鮮な風」を当てることができ、社会人からすれば数年〜数十年のスパンをあけて、アカの世界を覗き込むことができるからです。そういう動的でインタラクティブな関係は、双方に刺激になると思います。
私は、修士論文で不動産関係、つまり自分の仕事のビジネス・プランを書きました。論文指導と仕事と大きく違うのは「ここまで細かく直されるのか・・・」という、アカの厳しさです。しかし、きびしい指導があったからこそ、自分の仕事をじっくり見直す、良いキッカケになったとはっきり言えます。これに比べればMBA学位など、オマケと言って過言ではない。給料も上がらないし、只の自己満足の証書です。
指導をして頂いたのは某教授でした。彼の専攻は経営戦略論で、キッタハッタの不動産業とはまた違った机上の学問ぽいものでした。生身の仕事をしている会社員から批判的に見れば、経営戦略論などは、いわば使えない「死んだ理屈」で、自明のことを新説かの如く真綿にくるんで整理し、図表で糖衣した印象を受けました。
人物としては悪い人でもなく、よく飲みもしましたが、うーん、やはり一般社会との乖離は強く感じました。プロパーの研究者はこういうものなのだな、と感じるようになりました。ちなみに、修了後は疎遠になっております。この辺は、徒弟制度的な仕組みが残る理工系とは、大きく違うところでしょう。いまだに仲がよく、連絡を取り合いたまに飲むのは、当時同じ先生の指導を受けた人たちです。
論文の提出は1月上旬でした。そのために前年の11、12月は大変な思いをしました。文字通り土日は論文を書くのに専念しました。先生に、私の拙い「論文もどき」を、なんとか体裁を整えるよう指導して頂いたことには、今でも大変感謝しています。日本語の難しさ、曖昧さを嫌と言うほど認識し、仕事の説明などを簡潔かつ詳細に書くことで、自分の仕事にも生かせるな、と感じました。
反対に「こっちが少なくない金額を払っているのだから、しっかり指導してくれないと困る」という「社会人大学院生=自腹の学費ペイヤー」としての意識も、たぶんプロパーの研究者よりは強いと思います。この辺は、先生の指示やアドバイスに無批判に諾々と従う必要もなく、最悪ケンカして中退(みっともないですが何人かいたようです)しようが「飯は食える」社会人の強みです。
こうして考えると、社会人大学院とは何なのでしょう?「MBA」というのは経営学修士という訳になっていますが、Master of Business Administrationというのが本名です。経営管理(学) 修士となるべきなのですが、なぜ経営学修士なのでしょうか?
卑見では、社会人MBAはアカ、social scienceではなく、art(特殊な技能、職能)を切磋琢磨する場と言えると思います。経営管理「学」ですらない。学ぶこと、知ること、考えること全てを広義の「学」に入れるのなら、「経営管理学」と呼んで良いと思います。
先生より学生が年上などと言うことはザラです。混沌とした教室で、仕事で遅れて駆け込んでくる人、早めに帰る人、仲間を探す人、商売の話、一緒に飲んでから帰る人など、さまざまな使い方があります。社会に出て、しきり直しをしたかったら、行ってみる価値は充分あると思います。(後編につづく)