「希望格差社会〜「負け組み」の絶望感が日本を引き裂く〜

山田 昌弘(やまだ まさひろ)著  筑摩書房  1900円+税 2004年11月10日初版発行


現在、日本においても、人々の間に経済格差が拡大しているといわれていますが、著者は、経済の二極化以上に、「希望の格差(社会や自分の将来に対して希望がもてるかどうか)」の拡大が深刻な問題を引き起こしていると述べています。

著者が記していることの中で学校制度に関してのウェートがとても高いのですが、著者は、かつての学校制度をパイプラインにたとえ、それがバブル崩壊前の日本社会の経済の成長のおかげでよく機能していたと述べています。

日本の学校制度においては、小学校→中学校→高校→大学→大学院(修士・博士)と子供たちがあたかもパイプラインを流れるように運ばれていきます。そして、高校受験や大学受験、大学院受験などの各課程において、子供たちは進路の選択を迫られ、各自の志向や各自の能力に応じて、適当なレベルの学校に振り分けられ、どのようなレベルの学校に振り分けられたかによって、おおよそどのような人生が保障されていたと述べています(典型的な例としては、東大文1に入れば、司法試験か国家公務員採用一種試験を目指し、それ以外を目指す人間はおかしいとみなされるような社会です)。このように学生があたかもさまざまなレベルの学校を通過する課程で振り分けられていきある仕事に到達することをあたかもパイプラインを水が流れていくように著者は例えています。そしてこのようにさまざまな階層に学生たちが流れ着いて仕事に実際に従事するようになっても、日本全体として、自分自身も含めて、社会的な立場や収入の面で年々向上していく期待が持てたために、人々は日々の生活に希望をもって過ごすことができたとのことです。

ただ、現在のように経済が閉塞状況になってくると、このように機能していたパイプラインがほころび始めたと述べています。そして、例えばこれまでであれば○○大学を出れば、何も努力をしなくても少なくても地元で会社員くらいにはつけたものが、努力をしてもかならずしもそうはならず、パイプラインのほころびからあたかも漏れこぼれたかのように、フリーターになり再起できなくなってしまう人々が出てきてしまったと述べており、そういったパイプラインから落ちてしまった人々をどのようにケアしていくのかがこれからの社会にとって大切な問題であると述べています。

これまでの時代は努力をすればそれなりに報われる時代であったが、これからの時代は人生の選択の自由度は高くなったが、努力をしてもかならずしも報われるとは限らない時代になったということが、この本で述べたいことの一つなのだろうと思います。

個々人が希望を持って生きていくために、例えば「博士の生き方」の「博士のための職業紹介」のネットワークを今後発展させていき、人材派遣と学校教育を組み合わせて、人材派遣の仕組みを活かして、よりよい収入とよりやりがいのある仕事に取り組む機会を増やしていくことはできないかなとこのごろ考えております。

また、個々人のリスクヘッジのための取り組みとしては、「目標を持つこと」「あきらめること」の二点が大事になるのではないかと考えております。この二つのことは表裏一体なのですが、目標をもって取り組まないとおそらく、楽しい人生を送ることはできないですし、自分の能力なり置かれている立場なりからどこであきらめるか見極めをつけるかということが、痛みを最小限に抑える上で大切なのではないかと思います。

著者が大学の教員なので、大学院博士課程のことについても触れられています。現在の自身のおかれている状況について不安を感じられている方は一度読まれてもよいのではないかと思います。



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